龍は、選んだものを離さない
後見人が退場してから、空気が変わった。
露骨だった。
俺を見る視線が、好奇から“様子見”に変わる。
金髪の令息は数日姿を見せず、その家が調査対象になったという噂が広がった。
学院は、力関係で回る世界だ。
そして今――
俺の後ろには龍がいる。
それが事実として広まっていた。
「ママ、視線減った」
昼の中庭。
リオが芝生に座りながら言う。
「良い減り方」
確かに、嘲笑は消えた。
代わりに増えたのは、遠巻きの観察。
「ゼル、強い」
さらっと呼び捨てにするな。
「聞こえたら怒るぞ」
「怒らない。むしろ嬉しい」
否定できないのが嫌だ。
そのとき。
「ルシア」
低い声。
振り向かなくても分かる。
ゼルハルト。
日差しを背に立つ姿は、絵になるどころか威圧的だ。
「隣、いいか」
断る選択肢があるのか。
「……どうぞ」
座る距離が、近い。
肩が触れそうで触れない。
でも熱は伝わる。
「午後の魔法理論、理解できたか」
普通の会話。
なのに視線が真っ直ぐすぎる。
「……半分くらい」
「後で教える」
さらっと言う。
「龍族の講義資料ある。貸す」
特待生である俺より、さらに上をいく存在。
「そこまで――」
「する」
即答。
リオがにやりと笑う。
「独占」
小さく呟く。
そのとき、女子生徒が近づいてきた。
貴族令嬢だ。
「ゼルハルト様、今度のお茶会――」
言い終わる前に、ゼルが一言。
「行かない」
即断。
「……え?」
「予定ある」
視線が、俺に落ちる。
心臓が跳ねる。
令嬢の目が俺を刺す。
ああ、これは敵増えるやつだ。
「……平民と?」
棘を含んだ声。
ゼルの空気が、変わる。
温度が下がる。
「身分で選ぶと思うか」
低い声。
怒りが混じる。
令嬢は顔を強張らせ、引いた。
完全敗北。
リオが満足げに頷く。
「順調に囲ってる」
「囲うな」
思わず小声で抗議する。
ゼルがこちらを見る。
「何か言ったか」
「……何でもない」
見透かされている気がする。
放課後。
訓練場でグレンに声をかけられた。
「最近、龍と仲良いな」
「……そんなこと」
「顔に出てる」
獣人の勘、怖い。
「気をつけろよ。龍は番意識強い」
「番?」
グレンは言葉を選ぶように続ける。
「龍は一度“選ぶ”と離さねぇ」
その言葉が胸に落ちる。
「本気で守る代わりに、本気で縛る」
縛る。
重いはずなのに。
なぜか、嫌じゃない自分がいる。
リオが真剣な顔になる。
「ママ」
「……何」
「最大の不幸、まだ消えてない」
空気が変わる。
「何が起きるんだ」
少し沈黙。
そして、静かに。
「龍が傷つく」
血の気が引いた。
「未来では、ママ守って重傷」
思考が止まる。
「それが一番きつい」
リオの声は低い。
「ママ、自分のせいだって思う」
胸が締めつけられる。
ゼルが傷つく未来。
俺のせいで。
「それ、回避できるのか」
「できる」
即答。
「だからオレいる」
小さな拳が握られる。
「龍は強い。でも、ママのためなら無茶する」
……想像できてしまう。
ゼルはきっと、迷わない。
俺が危険なら、躊躇なく飛び込む。
そのとき。
訓練場の入口に立つ影。
ゼルハルトだ。
こちらを見ている。
俺とグレンの距離を。
一瞬。
ほんの一瞬。
金の瞳に、はっきりとした独占の色が浮かんだ。
「ルシア」
低い声。
近づいてくる。
グレンが苦笑する。
「噂の番候補、怖ぇな」
「やめてください」
顔が熱い。
ゼルは俺の前に立ち、グレンを見る。
「話、終わったか」
「おーおー、怖い怖い」
グレンは手を上げて退く。
完全に牽制。
ゼルは俺を見下ろす。
「帰るぞ」
自然に手を取られた。
熱い。
大きい。
拒む理由が見つからない。
リオが小さく笑う。
「龍、もう離さない顔してる」
ゼルの指がわずかに強くなる。
「俺の隣にいろ」
命令ではない。
願いでもない。
確信。
「……なんで」
聞いてしまう。
ゼルはわずかに目を細める。
「お前を選んだからだ」
呼吸が止まる。
学院の夕日が、俺たちを染める。
未来はまだ不安定。
最大の不幸は残っている。
でも。
今、この瞬間だけは。
確かに守られていると感じた。
リオが小さく呟く。
「次、試練くる」
甘さは、ここから加速する。
そして――
龍は、選んだものを絶対に離さない。




