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名前が残る理由

 王城魔導局の定例報告は,

いつもと変わらない順序で進んでいた.

結界点検.

巡回結果.

補修計画.

 大きな異常はない.

それ自体は,良い報告だった.

「次に,北区旧結界施設の再起動について」

 書記官の声に,数名が資料をめくる.

判断主体は,これまで通り,

騎士団長ガレオン・アルスティア.

最終責任も,彼にある.

 だが,

文末に添えられた一行が,

静かに目を引いた.

――現場判断補足:

 補助魔法士 リリー・アルヴェインの意見を参考とした.

 文字は小さい.

主文でも,結論でもない.

それでも,

確かに「名前」が残っている.

「……前例は?」

 監査役の一人が,控えめに尋ねた.

「ありません」

 即答したのは,セシリオ・フェルディナントだった.

声は穏やかで,

一切の感情を含まない.

「ただ,

 現場判断の質を保つためには,

 経緯を残す必要があります」

「団長の権限には?」

「影響しません」

「最終判断は,

 これまで通り団長です」

 それ以上,

話は広がらなかった.

反論しにくい,

整った説明だったからだ.

 だが,

その一行は,

確実に記録された.

 同日の午後,

騎士団本部.

 ガレオンは,

報告書を一枚ずつ確認していた.

いつもと同じ構成.

いつもと同じ形式.

 ――だが,

 いつもと同じではない.

 文末で,視線が止まる.

(……判断補足)

 名指しは,

控えめだ.

だが,

今まで存在しなかった形だ.

「副団長」

「はい」

「この追記は,

 誰の提案だ」

「魔導局です」

「具体的には,

 セシリオ殿から」

 ガレオンは,

無言で書類を閉じた.

怒りはない.

拒否感もない.

 だが,

胸の奥に,

言葉にならない違和感が残る.

(前に出されたわけではない)

(だが,

 “一人分の判断”として

 扱われ始めている)

 それは,

評価でも,

称賛でもない.

 配置の更新だった.

「……リリーは,

 このことを理解しているか」

「はい」

「説明は受けています」

「誰からだ」

「……セシリオ殿です」

 その名を聞いたとき,

ガレオンは,

初めてはっきりと気づいた.

(俺は)

(守ることに,

 集中しすぎていたのかもしれない)

 学舎の応接室で,

リリーは,

同じ報告書を手にしていた.

「……名前が,

 残りましたね」

 淡々とした声だった.

驚きも,喜びもない.

「ええ」

 セシリオは,

彼女の正面ではなく,

少し斜めの位置に立っている.

対等でありながら,

圧をかけない距離だ.

「目立たせるつもりは,

 ありませんでした」

「分かります」

 リリーは,

紙から目を離さずに言う.

「ですが,

 消えなくなりました」

「その通りです」

 否定しない.

そこが,重要だった.

「……私は」

 リリーは,

一度,言葉を切る.

「団長の後ろにいるつもりでも,

 横に立っているつもりでも,

 ありませんでした」

 セシリオは,

黙って聞いている.

遮らない.

「ただ」

「自分の判断を,

 使っていただけです」

 その言葉を口にした瞬間,

リリー自身が,

初めてはっきりと理解した.

(私は)

(もう,

 誰かの判断を補っているだけではない)

(自分の判断を,

 一人分として出している)

 胸の奥が,

静かに整う.

「……私は,

 自立しているのですね」

 確認するような言い方だった.

「ええ」

 セシリオは,

迷いなく答えた.

「最初から,

 そう見ていました」

 その即答に,

リリーは,少しだけ驚く.

「……いつから」

「あなたが,

 誰の指示もなく

 “止める判断”をしたときから」

 思い当たる場面が,

いくつも浮かぶ.

「それを」

 リリーは,小さく言う.

「言葉にしてくれたのは,

 セシリオ様が,

 初めてです」

 セシリオは,

一瞬だけ視線を落とし,

すぐに戻した.

「だから,

 名前を残しました」

「……利用された,

 とは思っていません」

 それは,

意識的な言葉だった.

「ええ」

 セシリオは,

静かに肯定する.

「利用だけなら,

 もっと早く,

 もっと露骨に動いています」

 その言葉に,

リリーは,

わずかに息を緩めた.

(この人には)

(もう少しだけ,

 考えを預けてもいい)

 そう思った自分に,

驚きはなかった.

 その夜,

ガレオンは,

一人,訓練場に立っていた.

剣の動きは,

完璧だ.

 だが,

思考は,別のところにある.

(リリーは)

(守られるだけの位置に

 留まってはいない)

 それを,

自分より早く,

言葉にした人間がいる.

 それが,

少しだけ,

胸に刺さった.

 奪われたわけではない.

裏切られたわけでもない.

 ただ,

並ぶための準備を,

 自分だけが遅らせていた.

 ガレオンは,

剣を納める.

夜風が,

静かに頬を打つ.

(最強で居続けるだけでは,

 足りないな)

 そう思ったのは,

初めてだった.

 物語は,

確実に,

次の段階へ進んでいた.

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