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静かな横取り

 ガレオン・アルスティアは,

自分とリリーの関係が揺らいでいるとは思っていなかった.


 信頼はある.

役割も,はっきりしている.

だから問題はない.

――少なくとも,彼自身はそう考えていた.


「次の巡回だが」

 ガレオンは,地図を指でなぞる.

「北区は俺が出る」

「お前は,後方で全体を見ろ」


「はい」


 リリーの返事は,いつも通り素直だった.

迷いも,反論もない.

それが,かえってガレオンを安心させる.


(変わっていない)


 そう,思ってしまう.


 だが,リリーは,

その配置を「当たり前」とは受け取っていなかった.


(……後方)


 以前なら,

団長の背中を補助する位置だ.

今は,

全体を見る位置.


 似ているようで,意味が違う.


「団長」

 リリーは,少しだけ間を置いて言う.

「判断が必要な場合は,

 その場で止めてもよろしいでしょうか」


「当然だ」


 即答だった.

ガレオンは,深く考えていない.

止めることも,

支えることの一部だと思っている.


「……分かりました」


 リリーは頷いた.

だが,胸の奥に,

小さな違和感が残る.


(私は)

(止める役なのか)

(それとも,

 判断する役なのか)


 その問いを,

まだ口には出せない.



---


 一方,

そのやり取りを,

少し離れた位置から見ていた男がいる.


 セシリオ・フェルディナントだ.


 彼は,表情を動かさない.

ただ,

二人の距離と,言葉の少なさを,

正確に観測している.


(……なるほど)


 すれ違っている.

だが,

どちらもそれに気づいていない.


 ガレオンは,

信頼しているから説明しない.

リリーは,

信仰しているから疑問を飲み込む.


(これは)


 セシリオは,

自分の胸に浮かんだ感情を,

一瞬,見逃しそうになった.


(使いやすい,ではないな)


 最初は,

確かにそうだった.

判断力を持ち,

前に出ない.

制度の中で動かしやすい駒.


 だが,

今は違う.


(……惜しい)


 その言葉が,

無意識に浮かんだことに,

彼は小さく驚いた.


 奪われるには,

惜しい.

誰かの象徴の横に固定されるには,

惜しい.


(私は)


 そこで,

ようやく認める.


(彼女を,

 利用したいだけではなくなっている)


 気づいてしまった以上,

動き方を変えなければならない.

強引に引き抜けば,

彼女は拒む.

団長を否定する形になれば,

必ず離れる.


(なら)


 やることは,一つだ.


 団長から奪うのではない.

 団長の横にある前提を,

 少しずつずらす.



---


 その日の夕方,

セシリオは,

リリーを呼び止めた.

場所は,学舎の回廊.

人目はあるが,

聞き耳は立ちにくい.


「先ほどの配置について」

 彼は,何気ない調子で言う.

「違和感は,ありませんでしたか」


 リリーは,一瞬だけ言葉に詰まる.

否定しようとして,

やめた.


「……少しだけ」


「でしょうね」


 否定しない.

驚きもしない.

ただ,分かっていたように頷く.


「団長は」

 セシリオは言う.

「あなたを信頼しています」


「はい」


「ですが」

「信頼と,

 役割の更新は,

 別です」


 その言葉は,

刃ではない.

だが,

確実に刺さる.


「あなたは」

「もう,

 “後ろにいる人間”ではありません」


 リリーは,

反射的に言いかける.


「ですが,

 団長は――」


「ええ」

 セシリオは,穏やかに遮る.

「団長は,

 変わるのが遅い」


 悪口ではない.

事実としての評価だ.


「それは」

「彼が,

 最強で居続けなければならない人間だからです」


 リリーは,

その言い方に,

どこか救われる.


「あなたが」

 セシリオは続ける.

「変わったことに,

 彼は気づいています」

「ですが,

 どう扱えばいいかは,

 まだ分かっていない」


 その瞬間,

リリーの胸の違和感が,

言葉を得た.


(……そうか)


 すれ違っているのではない.

追いついていないだけなのだ.


「だから」

 セシリオは,

 ほんのわずか,声を落とす.

「その間」

「あなたの判断は,

 私が受け止めます」


 それは,

奪う宣言ではない.

だが,

明確な一歩だった.


 リリーは,

その言葉を,

すぐには拒めなかった.


「……ありがとうございます」


 自然に出た言葉だった.


 その瞬間,

セシリオは,

胸の奥で静かに思う.


(ああ)


(これは,

 もう,

 引き返せないな)


 彼は,

微笑みもしなかった.

ただ,

一つ決めただけだ.


 団長が気づく前に.

 彼女が,自分で立つ前に.


 横に立つ位置を,

静かに,

確保しにいこう.


 それが,

利用と好意の境界を越えた瞬間だった.

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