Ep1-3 未知との遭遇
非現実的な夜を体験した英太は、死にそうなほどの睡魔と戦い……敗北していた。
キーンコーンカーンコーン。
昼休みのチャイムが鳴る。
「ふわあぁ……」
昨夜、というか今朝の夜更かしが祟って重度の睡眠不足だ。午前中の授業をほぼ睡眠時間に当てることでようやく頭が動き出したところだ。
「おう、英太。サッカーしようぜ」
「ああ、悪い。俺、弁当まだなんだ」
「なんだよトロ臭いなぁ。早弁しなかったのか?」
「うん、まあ……」
どういうわけか、ウチの学校では三時間目と四時間目の間の休み時間に弁当を食べるのが常識になっている。休み時間だからなのか、先生も別に咎めるふうはない。昔からの伝統なのだろう。だけど十分休みの時間で弁当を食べきるのは俺には忙しなさすぎる。
「早弁っていうくらいだから正規の時間じゃないと思うんだけどな」
独り言をつぶやきながら屋上階段を目指す。
決してボッチ飯ではない。
学食を利用しない男子は全員早弁で、お昼休みに教室でお弁当をいただくのは女子だけなのだ。別に出ていけと言われるわけではないけれど、なんとなくいたたまれなくて入学当時から屋上階段でお昼を食べている。
「ん?あ、昨日の石……」
階段を昇るときに突っ張る感じがあってポケットの中の石の存在を思い出した。
「これってなんの鉱石なのかな?五角形だから水晶とは違うし……」
光に透かそうとして頭を上げたまま階段を昇る。
ん?肌色?
「あっ」
「えっ?」
いつもの場所に女子が座っていた。どうやら先客がいたらしい。まあこういうこともあるよね……って、パ、パ、パ、パンツァーフォォォ!
「すすす、すみませんーっ、失礼しましたー」
地球の自転速度よりも速くその場でターン、慌ててもと来たほうへと戻る。
「きゃーっ」
時間差で段上の女子の悲鳴が踊り場に反響し、四階廊下へと広がっていく。
違うんです、事故なんです、冤罪なんですぅー。
混乱した頭のままで出した左足が空を切る。
「うおっ」
幸い、段差は五段程度。当たり所が悪くてもせいぜい足の捻挫くらいで済む高さだ。
だけど……
弁当ぉっ!これだけは死守せねば!!
教室から弁当箱をむき出しで持ってきていたのが裏目にでた。
床に置いて袋が汚れると、母さんが洗濯がどうの衛生管理がこうのと小言をいってくる。それを避けるために普段から弁当箱の袋は教室で外して持ち運んでいるのだ。
バランスを崩して伸びた右手から弁当箱が飛び出す。
同時にアルマイトの蓋がパカッと開いてタコさんウインナーがひょっこりと顔を出す。
だめだ、タコさん、逝っちゃダメだっ!
残った左のつま先に力を入れて弁当箱を追うようにジャンプする。
時間よ、止まれ!
祈りにも似た強い思いに、左の拳が熱くなる。
あれ?本当に熱い?
あれれ?階段を落ちるときって、こんなに時間が長く感じるんだっけ?
いろんな思いが脳裏を駆け巡る。
半分思考停止になりながら、伸ばした両手で弁当箱をしっかり確保、そのままスローモーションのように五段分の段差をふわりと飛び降りて着地する。
スタッ、という書き文字が浮かぶようなきれいな着地だ。
カラカラカラ……
リノリウム張りの床を石が転がる。
「まずっ」
慌てて石も回収してきょろきょろと左右を見回す。幸い、四階の廊下にはひと気はなかった。
「ちょっとあなた……」
ヤバっ、一番の目撃者が上にいた。しかも俺を犯罪者認定している人ぉ!
「す、す、すみません。何も見てません、ごめんなさーい」
だぁーっ、ヤバかった。二重の意味でヤバかった。
目を閉じると驚いた表情の赤髪ツインテールが瞼の裏に現れる。
オレンジがかった虹彩の鋭い瞳。どこかで見た気がするけど……。
残念ながら肌色のほうはすりガラスのような石を通した風景でしか思い出せない。そのあとの出来事が衝撃的すぎて記憶が上書きされてしまっていた。
見られただろうか?
あれは確かに超常現象と言っていい瞬間だった。
時間停止?
いやいや、ゆっくりだけど落下したということは完全に停止していたわけじゃない。
だったら時間拡張?
相対性理論が予言している二人の観測者間の相対速度によるうんたらかんたらな……。
それとも空中浮遊だろうか?
重力制御か揚力変化、もしかして一時的な質量軽減?
第二の昼食スペースである体育館裏のコンクリート床に座って急いで弁当を消化しながらさっきの出来事を反芻する。
「ふんふぉふんふぉふごふご」
いずれにしても調べてみる価値はある。超常現象の鍵は、この石だ!
俺は窒息しそうな勢いで弁当を掻き込み、水道水で流し込んだ。
Ep1-3 未知との遭遇〔つづく〕




