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Ep4-7 マイクロフィルム保管庫

地下書庫に立ち並ぶ書架の列の奥へと入り込んだ先には鋼板製の扉があった――

 集密書架が並ぶ部屋をいくつか通り抜けた先にその扉はあった。浅緑色というのだろうか、柔らかい黄みを帯びた少し薄めの緑色をした壁の真ん中に奥まった形で取り付けられている。壁の上部には赤色ランプが突き出ている。扉の左横の壁には赤い操作箱がついていて、黄色い看板に注意事項が書かれている。物々しい雰囲気で掲げられた警告文はこの奥がハロゲン化物消火設備の設置された部屋であることを告げていた。

「マイクロフィルム保管庫。ここだな」

「この中に『白い焚書』が?」

「ブブーッ。不正解。ここの中に『禁書庫』への入り口が隠されているっていう噂なんだ。ターゲットはさらにその奥にあるって話だよ」

「噂、ですか」

「そ。もともとAA(ダブル・エー)級の秘匿事項だよ?禁書庫がここにあるらしい、っていう情報だけでも政府筋としては大盤振る舞いなんじゃないかな」

「事前に入手した新館の図面で確認できるのはここのマイクロフィルム保管庫までだ。あとは中を探して禁書庫の入り口のヒントを見つけるしかない。中は書庫とは独立した空調になっていて低温低湿度に保たれている。長時間滞在すると俺たちの体温で室温が上がって冷房が作動するかもしれん。あまり時間をかけられないから気を引き締めて行け」

「了解です」

「んじゃ、開けますよぉ」

 トオノさんが棒状のハンドルを引いて重いドアを開ける。扉自体に厚みがあり、密閉度も高い。中は前室になっていて奥にさらに同じような扉があった。二重扉になっているようだ。三人で入ってもまだ少し余裕がある前室に全員が収まるとリーダーが入ってきた扉を閉める。それを見届けてからトオノさんが前方のハンドルに手をかけた。両方同時には開かない仕組みになっているらしい。つまりエアロックだ。

「ここの入室記録データは大丈夫なのか?」

「床の靴底検知センサーは対策済みなんだけど」

 トオノさんが足下のドアマットに視線を落とす。

 待機時間中に作業をしながら教えてくれた会話が思い起こされる――


「マイクロフィルム保管庫のエアロックは靴底認証になっていてね。登録された職員の靴底パターンと一致しないと開かないんだ。だけどこういう技術ってセンサーの解像度と加工技術のイタチごっこなのよねー。最新のセンシング技術と3Dプリンターを組み合わせれば、ほらこの通り」

 トオノさんが職員エリアに潜り込んで撮影してきた靴底の画像を携帯型のガジェットに転送してしばらくすると、透明なシートにくっついた靴底の模型が出力されてきた。それを自分の靴底に張り付けてしばらく安静にしておく。

「センサー感度も加工精度も、二年も経てば技術革新が追い付いてくるんだ。凝った警備システムだと機器の更新がなかなかできないからかえってセキュリティーホールを生みがちなんだよね。ま、おかげで僕たちは助かっているんだけど」――


「ここのドアの開閉センサーは壁に埋め込まれていて手が出ないんだよねー。ここ一か所だけなら見つかってもセンサーの誤動作ってことで見逃してもらえるっしょ」

「ちっ……まあ、仕方ねぇか」

 ここまでかなり慎重にやってきたはずなのに意外といい加減である。一か八かでいいのかな?いんだろうな、カサギさんが最終判断をしているんだし。

 一抹の不安を抱えながらマイクロフィルム保管庫に入る。内扉を開けたとき、ひんやりとした風がエアロック内部に吹き込んできた。

 うう、さむっ。真夏にこんなに寒い思いをするとは思わなかった。リーダーに吸湿発熱インナー(ヒートテ〇ク)の上下を着るように渡されたときは驚いたが、館内は空調が万全で暑苦しさはなく、地下書庫に至ってはちょうど快適なくらいだった。ここに至ってレイドチーム(プロ)の用意周到さに新ためて感銘を受ける。

 この部屋の中には監視システムはないそうで、トオノさんが照明スイッチを入れて暗視ゴーグルをずり上げた。ただし、湿度センサーはかなり感度の高いものが設置されていることが分かっているので、人間の呼気に反応しないようマスクは装着したままとするよう指示があった。

「三手に分かれていくぞ。俺とトオノが両端、英太は中央部だ。何か違和感を感じるものがあったら呼んでくれ」

「「了解」」

 三人がそれぞれの持ち場に分かれる。とはいえ、違和感を感じるものと言われてもねぇ。

 マイクロフィルム保管庫の中は天井が低く、移動棚も機械式ではなく手動で大きな輪っか状のハンドルを回すタイプだった。開いている通路を覗き込むと棚には小分けした引き出しがずらりと並んでいて、分類されたラベルが貼り付けてある。別の列では空いている棚があって、ぽっかりと穴が開いているようだった。

 ここって、地下八階なんだよね……。

 そう思うとなんだか逃げ場のない圧迫感を感じる。

 入り口にあったハロゲン化物消火装置の警告文には、『火災発生時、消火ガスが放出されます。危険ですので、警報放送の指示に従い直ちに避難してください』と書かれていた。確か窒息消火法っていうんだよね。熱に弱いマイクロフィルムを万が一の火災から守るには素早い消火が必要ということなんだろう。不燃性のガスを一気に放出して火が燃えるのに必要な酸素の供給を断ち瞬時に消火する仕組みだったはず。室内に取り残されたら間違いなく窒息するだろう。

 嫌な想像をしていたらなんだか息苦しくなってきた。つい、レイドの目標ターゲットのことを忘れて避難経路を確認してしまう。広い部屋だからたぶん入り口以外にも緊急避難用の出口があるはず……。あった。

 左右の角の壁の低いところに黄色と黒の縞模様で囲われた小さいサイズの赤い蓋が見える。たぶんあれが緊急避難用の出口だろう。こっち側にあるってことは、移動棚の奥側の壁にもあるに違いない。

 俺はゆっくりと移動棚の間を歩いて周囲を観察しながら奥へと進んだ。

 予想通り中央と左側の角に小さい赤い蓋上の非常脱出口がある。右側には……あれ?見えないな。

 何となくそっちのほうに進みながら壁や天井、移動棚の間を覗き込んでいく。途中の通路でカサギさんが棚の隙間をライトで照らしつつ確認している姿があった。

「うーん、ここの壁に脱出口があるはずなんだけど……」

「どうした、英太。何か見つけたか?」

「いえ、見つけたっていうより、見当たらないなあと」

「どういうことだ?気づいたことがあるなら何でもいいから報告しろ」

「あ、はい」

 リーダーの口調にこれが真剣な作業なんだと改めて背筋を伸ばす。俺はまだまだプロ意識が足りないようだ。反省。

「ハロゲン消火用の脱出口がここにあるはずだと思ったんですが、ないんです。他の角にはあるんですけど。いざっていうときには方向感覚がなくなるからここだけ出口がなかったら間違えてこっちに来た人が逃げ遅れちゃうんじゃないかなあって……」

「全部の角に脱出口があるっていうのも過剰な気がするが、ここだけないのは確かに違和感があるな。トオノ、ちょっと来い」

「あいよ、リーダー。なにかありましたか?」

「ここの壁の向こう側を確認できるか?」

「音響ソナーで見てみましょう」

 そういいながらいつも身に着けているガジェットに聴診器の先のようなアタッチメントを取り付ける。

「ヘンだな。何もない……」

「何もない?」

「ええ、何も反応が返ってこないんです。分厚い壁であれ、中が空洞の安普請であれ、それなりの反響が返るはずなんですけどね」

「ふむ。物理現象に反した反応か。術式臭いな。英太、何か感じないか?」

「えぇ?何かって言われても……あ」

 自分で違和感があると言い出したんだけど、壁そのものには目に見えて異常なところはない。目に見えない異常か。何か術式的な罠とかそういう感じ?そう思いついて目を凝らすと、腕を伸ばした高さのところに何やらキラキラとした蜘蛛の巣のような八角形の模様が目の端に映った気がした。けれど、真っ直ぐそちらのほうを見ると見えなくなってしまう。

「うーん、何かここにあるような気がするけど……」

 そういいながらあえて視線を外して壁に目を向けつつ、視界ギリギリをかすめるキラキラした模様に手を伸ばす。

「おお」

 指が模様に触れた瞬間、術式を描いた模様が浮かび上がり銀色の光を放つ。と、それこにあった壁が忽然と消えた。

「やるじゃん、英太」

 驚いて目をぱちくりさせている俺を追い越して、トオノさんが新たに開いた通路の奥に入っていく。短い通路の先には木製の扉があって、術式が描かれた白い紙が貼られていた。

「禁書庫だ。ターゲットはこの奥のようだな」

 俺はリーダーに続いて殿しんがりで通路に入っていった。

ついに禁書庫への入り口を見つけたレムナンツ・ハンズは、さらにその奥へと手を伸ばす――

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