Ep4-6 地下書庫侵入
事前に図書館内部に潜入していたレムナンツ・ハンズはレイド開始とともに地下書庫の内部へと侵入を開始した――
「これ、どういう仕組みなんですか?」
トオノさんが監視カメラにセットした円筒状のガジェットの予備を覗き込みながら問いかける。
「ん-?まあ割と汎用品に近いものなんだけどね。レンズが捕らえた映像から僕たちに関する画像だけを消し込むんだ。ほら、ハイエンドの携帯電話のカメラ機能にあるだろ?」
「AI搭載の消しゴム機能ってヤツですね。でもあれって静止画像を加工するヤツじゃなかったでしたっけ?」
俺が円筒形ガジェットを覗き込むと狭い筒の中に誰もいない非常階段の踊り場が映っている。円筒から視界を外すと暗視ゴーグルを着けたリーダーが非常階段の上下を警戒している姿が見える。円筒を動かした瞬間は筒の中の画像がコマ落ちしてずれたように乱れるが、それでもリアルタイムの画像であることはわかった。円筒の端のカメラで捉えた画像をリアルタイムで処理してもう一方の端のスクリーンに表示しているのだ。
「ここの監視は赤外線カメラになっているんだよね。モノクロで画素も荒いから情報量が少ないのさ。画像識別AIも俺たちだけを区別できればいいから専用の学習データでチューニングすればほぼリアルタイムで処理できるんだ。それに多少タイムラグがあっても誰も気づかないしね」
てへっ、とウインクをするトオノさん。簡単そうに言っているけれど、やっぱりレイダースの技術力って半端ない。
「いつまでくっちゃべっている。集音マイクは無いことが確認できているとはいえ、予定外の巡回があるかもしれん。静かにしていろ」
俺たちは電子ロックのある地下一階の書庫入り口を図書館職員の終業時間前に偽造職員カードで突破して地下書庫エリアに侵入していた。国会図書館新館の地下書庫は貴重な収蔵書物を浸水から守るために分厚いコンクリート外壁で隙間なく覆われている。内側には防水層を設け、さらにぐるりと囲う外周部分の回廊を緩衝地帯とすることで中心部分の書庫を保護する構造になっているのだ。
「心配しすぎですって、リーダー。もともと夜間警備が無いことは調査済みだし、レイド中は警備員といえども一般人はエリア内に入ってこれないんですから。はい、次のフロアの分」
トオノが調整を終えた円筒形ガジェットをリーダーに渡す。
「何事も例外はある。油断するな」
そういってリーダーがガジェットを受け取りながらじろりと俺を見る。
「あはは、そういやここに例外がいたっけ」
すんません、もう二度とやらないので勘弁してください。
憮然とした表情でリーダーが次のフロアへと非常階段を降りていく。踊り場ごとに設置されている監視カメラに死角から回り込み、映像を偽装する円筒形ガジェットをレンズ部分に素早く取り付ける。取り付けてしまえばもう監視カメラの前でブレイクダンスを踊っても誰にも気づかれない。
書庫は地下方向に八階建てになっている。今回のターゲットは、地下八階の中心部分に隠されている封印書庫の中にあるらしい。
書庫エリアと外周部回廊は分厚い鋼板の防火扉で仕切られている。非常口を兼ねているので施錠はされていない。だが、扉の上部にマイクロスイッチが取り付けられていて扉の開閉状態は常時監視システムに記録されている。
と、扉の隙間から薄いテープ状の棒がするりと入り込んできた。テープ状の棒は意志を持つかのようにくねくねと首を振り、周囲を確かめてからスルスルと体を伸ばして扉の上部にあるマイクロスイッチに忍び寄っていく。やがてセンサーにたどり着くと扉が開いたことを感知する腕木の部分に絡み付いて固定する。ガチャリと非常扉のドアレバーが押し下げられてリーダーが書庫を覗き込んだ。ハンドサインで後続のメンバーに書庫に入るように促す。すぐに三人が中に移動して扉が閉じられた。
書庫の中は集密書架がびっしりと設置されている。書架の端にあるボタンの操作で壁のような棚が床のレールに沿って移動するタイプだ。
「すごい……」
大規模な書架に息を飲む。
「おっと、近づかないでよー。天井に人感センサーが設置されているからねー」
ふらふらと歩き出しそうな俺の機先を制してトオノさんから指示が飛ぶ。
書架に近づくと自動で天井灯が点くようになっているようだ。それにしても天井灯が点くぐらい大した問題じゃないと思うけど。
「地下書庫の照明はまだ蛍光灯を使っていてね。紫外線が少ないタイプなんだけど、それでも印刷物にとっては退色の原因になる天敵なんだ。だから棚ごとに照明の照射時間を記録して収蔵物の劣化を防ぐようにしているんだってさ。厄介だよねー、誰もいないはずの深夜に照明が点いた記録が残るだけでレイド失敗だなんて」
なんと。本来は警備システムではない本を劣化から守るためのシステムが、盗賊を阻む罠になるとは。
「予想通りだが、全部の照明の横に人感センサーが付いているな。厄介な……」
「どうするんですか?体を冷やして赤外線を出ないようにするとか?」
「ちっちっちっ。英太くん、ここの室温は二十五度に調整されているんだよ?人感センサーが反応しないようにするにはその温度まで体温を下げなきゃらならない。そうなると風邪をひくどころか、低体温で動けなくなっちゃうよ」
そっか。なら、一体どうすれば……。
「いいかい、受動赤外線型人感センサーは背景と人の体温の差を検知して動きを拾うんだ。その原理さえ押さえれば……はい、これ。ここを押して」
トオノさんが俺に説明をしながら設定をいじっていたガジェットを手渡してくる。
「あ、はい」
俺はそれを受け取って、言われたボタンを押す。
カチリとスイッチが入った音が聞こえたあとは何も起こらない。が、しばらくしてガジェットの赤ランプが消えて緑ランプが点灯した。
「よし、リーダー、準備完了。行きましょう」
別のガジェットで何やら観測していたトオノさんがリーダーを促した。
「よし」
リーダーが奥に向かって動き出す。天井灯は反応しない。それを見て俺たちも後を追う。
「どうやったんですか?術式を使ったのは分かるんですけど」
「人感センサーは背景と人体の温度差を見ている。だから背景である床をちょっと温めてやれば、センサーは人間の動きを感知できないってわけさ」
なるほど。術式で床板の温度を三十五度くらいに上げて人間が動いてもセンサーが感知できないようにしたのか。
「原始的なセンサーには原始的な方法で対抗するのがイチバンなのさ」
言わんとすることは分かるけれど、術式を使う時点で原始的な方法ではないような……という感想は言わずにおくことにした。
痕跡を残さないよう慎重に進行を続ける先にあるものは――




