Ep4-5 突入
事前に図書館内部に潜入することを選択したレムナンツ・ハンズ。一方、ノクターナルはレイド開始時刻直前、霞が関の官庁街をミニバンで移動していた――
24時58分 首都高速道路 霞が関入口
スチールブロンズのメタルカラーをまとった大型ミニバンが信号待ちの列から発車して首都高速道路のETCゲートをくぐり抜ける。ルートはすぐに地下トンネルへと向かい、深夜にもかかわらず慌ただしく回転する赤色灯の群れからミニバンの姿を隠す。
「警察車両が多いわね。夕方の爆弾テロ予告犯人逮捕の影響かしら」
車を運転するユナが視線を前方に固定したまま車内に話しかける。
オレンジ色の照明が流れに乗る車体の色を判別し難く見せている。
ラジオから流れる交通情報の声も、交通規制による霞が関出口の終日閉鎖を告げている。
「ああ。実際に爆弾が見つかって愉快犯じゃないことが判明したからな。犯行予告日の今日一日は霞が関一帯は機動隊であふれ返ったままだろう」
後部座席で待機している漣が答える。右手を握ったり開いたりして義手の動作を確かめている。
「迷惑よね。これじゃレイド完遂後の撤収もままならないじゃない」
「実際、バロック・ドッグスは検問に引っかかってリタイアという情報も聞いているわ」
「連中、今回も武器弾薬満載で来たのかしら。そりゃあ捕まるわよね」
クスクスと可笑しそうに桔花が笑う。
今回ショーは不参加だ。攻撃力よりも隠密性を重視して人数を絞った結果である。右手を失った漣が現場に出て五体満足なショーが待機というのはいささか無理があるように思えるが、今回は基本的に荒事は無しだ。細かい作業は桔花が請け負えばいいし、現場での判断に瞬発力を求められることが予想されるため、このような布陣になっている。ゴツイ中年男が運転しているよりたおやかな女性が運転しているほうが検問に引っかかった場合でも有利だろうという計算もあって、ショーは運転手にさえ抜擢されなかった。桔花はその理由を告げられたときの憮然としたショーの顔を思い出して笑いが込み上げてきたのだった。
「レイドの難易度は上がっていると思ったほうがいい。集中していくぞ」
「了解」
今一度気を引き締めて突入組の漣と桔花が位置に着く。
ミニバンは首都高都心環状線C1号に合流してすぐに4号新宿線への分岐に入る。左にカーブを切りながら地下トンネルは地上へと向かいそのまま高架へとつながっていく。地上に現れたミニバンはいつの間にか車体色を特徴のないブラックに変化させていた。
カーブの終わりで大きく開かれていたサンルーフから二つの影が飛び出した。
桔花と漣である。
術式で押し出された体は放物線を描いて高架に隣接する国会図書館新館の屋上に音もなく着地する。
「あたしたち、いつも飛び降りているわね」
桔花が楽しげにつぶやく。彼女の目には国立国会図書館の建物を囲うレイドの結界が逆向きのオーロラのように立ち昇っている姿が見えていた。
「いくぞ」
二人は新館の屋上を音もなく走った。
西翼にある塔屋部分から侵入する。施錠はされているが監視装置の類はついていない。持ち出しの監視が厳重な入館ゲートや部外者の立ち入りを拒む書庫エリアと違って事務スペースは存外セキュリティが甘い。縦割り組織の弊害だろう。とはいえ、ネットワークのセキュリティは国内最高レベルに厳重だ。ノクターナルの技術力なら外部ネットワークからの侵入も可能だが、痕跡を残さず、というわけにはいかない。アクセス記録を厳格に精査された場合、捕まることは避けられるとしても侵入した事実を悟られずに済ませることは不可能だ。誰かが『白い焚書』の存在に興味を示したという事実がレイド依頼者以外の政府関係者に知られてしまった時点で、この作戦は失敗なのだ。
「サーバールームに侵入した。ユナ、聞こえるか?」
電波を使った通信は第三者に傍受される可能性があるので量子結晶を使った秘匿通信を使って話しかける。
『感度良好。位置に着いたわ。いつでもオーケーよ』
ユナは首都高のすぐ次の出口を出て国道246号を戻り再び現場の近くまで来ていた。有料駐車場に停車して漣からの指示を待っていたようだ。
「クランプを取り付ける」
『ハブに近いところにお願いね』
外部からの侵入に強いネットワークも物理的に侵入して内部にバックドアを設置すれば脆い。だが今回は極力痕跡を残さない方針だ。サーバのポートに直接ガジェットを挿すとOSやセキュリティシステムに記録が残る可能性がある。そこで、LANケーブルに非接触型のセンサーを取り付け、漏れ出る電磁波から通信パケットを読み取る。さらにはこちらから電磁誘導で信号を送り込むことで、どこにもガジェットを接続せずにネットワークに侵入する方法を選択した。
さすがにワンタッチとはいかないのでガジェットのチューニングとシステムへの侵入に時間がかかる。漣と桔花は作業をユナに任せてじれったい待機に入った。
『よし、つかんだわ!』
長い三十分が経過し、桔花の精神的成長が試されるようになったころ、ユナの安堵と疲労の混じった声がヘッドセットから流れた。
「状況は?」
漣がユナに確認する。
『地下書庫の監視制御を統括しているサーバー群のIPアドレスを把握したわ。サーバとの通信はすべて傍受と改ざんが可能よ。サーバ自体への侵入は無しね。どうやったってログが残るもの。センサーからの信号を直接インターセプトして都合の悪い情報は遮断できるけど、自由にロックを外すような操作は期待しないでね』
「予定通りだ。問題ない。桔花、行くぞ」
「待ってました!」
壁に背中を預けていた桔花は跳ね起きるようにして歩き出した。
最奥部の地下書庫へと侵攻を開始したノクターナルを待ち受けるものは――




