表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/62

Ep4-4 アタック開始(2)

図書館の入館ゲートに挑むレムナンツ・ハンズ。その作戦とは――

「お客様、お手伝いが必要ですか?」

 入館ゲートに近づく電動車イスを見てカウンターから女性職員が一人メイのほうに向かってくる。

「……だいじょうぶ」

 伏し目がちの小声で答えるメイに、職員も強く接することをためらって少し距離を取りつつ優しく話しかける。

「ひざ掛けを外してもらえますか?」

 国会図書館は図書の持ち出しは厳禁だ。入館者は一定以上のサイズのカバンを持ち込むことができない。通常は入り口にある無料ロッカーにカバンを預けて、必要なものだけ備え付けの半透明の手提げ袋に入れて入館する決まりになっている。

 国会図書館のセキュリティは収蔵物の保護の観点から設計されていると言える。

「……は、恥ずかしいから」

「すみません、規則なもので」

「……出るときだけじゃ、ダメ?」

「……では、私が目視確認してもいいですか?」

 おずおずとうなずくメイに女性職員が近づいてちらりとひざ掛けをめくっておざなりに確認する。

「はい、確認しました。退館時にはひざ掛けは外していただきますがよろしいですか?」

「……はい」

 消え入りそうな声でうなずくメイを女性職員が申し訳なさそうに見送る。

 そのまま進入路に向かった電動車イスの角度がわずかに合わず、ゲートにゴツンとぶつかってしまう。

「あっ……」

 慌てたメイが電動車イスをバックさせるが、なかなかコースが合わずにメイがもたつくのを見て、警備員が思わず車イスに近づいて手を伸ばす。

「姉ちゃん、待っててくれって言ったじゃないか」

 手をズボンに擦りつけるようにしてトイレのある脇通路から慌てた素振りのケイタが登場する。

「だからオレが押してやるって」

「……でも、迷惑かけたくない……」

「もうすでに回りに迷惑かけてるじゃんか。すみません、みなさん。な、あきらめてオレに押されろって」

 メイとケイタの演じる茶番劇に、すぐそばにいる職員と警備員だけでなくカウンターにとどまっている女性職員も微笑ましい表情を向けていた。

「ゲートの床にちょっと段差がありますので気をつけてくださいね」

「ありがとうございます。姉ちゃん、ほらいくぞ」

 職員がゲートのフラップを開放モードにして車イスを押すケイタが通り抜けるのを補助してくれる。警備員は車イスを職員に任せて他のエリアへ視線を戻し、入り口全体の監視に戻った。車イスの安全な通過に気を取られていた職員は、ケイタがIDカードをかざしたときに入館ゲートが反応していないことに気づかなかった。

「おーし、入館成功。姉ちゃん、どこに行きたい?」

 車イスの中に潜む英太に聞こえるように少し大きめの声でケイタが告げる。

「……お手洗い……」

「ん?トイレか?聞こえないぜ。もっと大きな声で話してくれよ」

「ばかばかばか、恥ずかしい……図書館では静かにしなさい」

「へいへい」

 ケイタは音量を下げた声で返事を返して多目的トイレのある方向へと車イスを押して行った。

 多目的トイレに着いたメイはケイタを外に残してドアをロックする。

「オッケイ。もういいよ」

 メイの合図で俺はロックを外して狭い箱から出た。

「プププッ、変な格好」

 メイさんが俺を指さしてからかい気味に笑う。仕方がない。なんせ、小さく丸まるために全身黒タイツのモジモジ君スタイルなのだから。

「これ、着替え」

 車いすの背もたれに隠した着替えを受け取り、背を向けてもらってその場で着替える。脱いだ全身タイツは車イスの隠し部屋に放り込む。

「あった。これも回収……」

 俺が着替えている間にメイさんは洗面台の下を探って、ズボンの入った袋を回収していた。

「それは?」

「トオノの下半身用光学迷彩パンツ」

 なんで下半身だけ?

「じゃ」

 詳しく聞こうとしたが、メイさんは、はー、いい仕事した、というやり切った感を出しつつ多目的トイレから出ていった。

 少し時間をおいて俺も多目的トイレをあとにした。リーダーたちとの合流ポイントへ向かう。

「トオノさん、あの下半身だけの光学迷彩パンツってなんなんですか?」

 合流そうそう興味が勝って聞いてしまう。

「ああ、あれね。フラッパーゲートをだますために使ったんだよ」


 ――さかのぼること十数分前。

「姉ちゃん、待っててくれって言ったじゃないか」

 ケイタの台詞に図書館職員と警備員の視線が集まった瞬間、トオノは光学迷彩の機能をオンにしてフラッパーゲートの感知エリアに足を踏み入れた。真横から見ていた人間がいれば、トオノの下半身がチカチカと変な光を反射しているように見えただろう。完ぺきな光学迷彩はまだ開発されていない。全方位からの可視光をそのまま物体の反対側に誘導して発射するにはまだまだ解決すべき技術課題が多かった。今回トオノが使用した服は赤外線に特化して作られており、入射光と同じ光信号を反対側から出力することでフラッパーゲートの赤外線センサーに通過する物体がないと誤認識させるものだった。トオノの発明品は狙い通りの性能を発揮し、トオノのIDカードで開いたゲートはトオノが通過した後も開いたままだった。

 そこに素知らぬ顔でカサギが通りかかる。IDカードをかざす身振りはするが手元にはカードはなく、開いたままのゲートに歩み寄る。ゲートは初めて人がコースに侵入してきたと認識し、カサギが通過すると同時にゲートを閉じる。直視している者がいればゲートの動きが正常時と微妙に異なることはすぐに気づいただろう。だが、そのとき()()()()ゲートに目を向けている者はなく、不器用な車イスの少女を通そうと心を配っていたのだった――


 こうして一枚のカードで二人が入場することができた。

 ケイタが退場時にトオノのIDカードを使うことで、無事、レムナンツ・ハンズの三名は痕跡を残さず国会図書館の内部へと潜入することに成功した。

 作戦の第一段階はクリアだ。

 トオノは先に多目的トイレに入り、用済みになった光学迷彩パンツと自分のIDカードを隠しておいたというわけだ。

「のんきにくっちゃべっている暇はねぇぞ」

 リーダーの叱責が飛ぶ。

 そうだった。館内のセキュリティは職員のIDカードを偽造して出入りすることになっている。目指すターゲットは新館地下書庫の最奥部に隠されているらしい。書庫への入退室も記録は取られているが、就業時間中なら出入りがあってもおかしくない。逆に就業時間外に書庫への入室記録が残ることは避けなければならなかった。

「開館時間中に職員のIDをスリ取って戻す。トオノは俺からのデータ転送を確認して必要な偽装工作を準備してくれ。閉館後、職員が残っているうちに新館地下書庫に侵入する。そのあとは地下外周部の非常階段でレイド開始時間まで待機だ」

「「了解ラジャー」」

無事入場に成功した英太たち。いよいよレイドが始まる――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ