Ep4-3 図書館デート
次のレイド開催場所の下見に赴いた英太と、なぜかついてきた桔花。目指す場所は国会図書館――
「意外と坂道なのね。皇居の周りって真っ平だと思ってたわ」
地下鉄の霞が関駅から国会図書館までのルートを確認しながら歩く俺の半袖シャツの袖口を引っ張って片梨さんが前方を指さす。
「ああ……」
目的地は正面の森みたいに見える公園の向こうらしい。道路は突き当たって丁字路になっているから真っすぐ突き抜けることはできない。さて、右か左か……。
「ねえねえ、やっぱり皇居だ。へぇ、歩きだと大きく見えるね」
「うん……」
次の角を曲がるのか。先に信号を渡って対岸を歩くほうがよさそうだ。
「あっ、国会議事堂!教科書で見たことある場所ってテンション上がるよねー」
「ちょっと、横断歩道の真ん中で立ち止まると危ないって」
「そっちだって地図アプリとにらめっこしてばかりで全然周り見てないじゃん」
べー、と顔をしかめて見せる片梨さん。
なんだこれ?なんでこんなにテンション高めなんだろう。
「イチョウ並木!あー、まだ夏だから青々としてるね。残念だなぁ」
これには俺も同意だ。緑の葉を茂らせたイチョウはどこか特徴が無くて遠目では他の樹木と区別がつかない。
「イチョウと言えばやっぱり黄色い葉っぱだよな」
「ね、秋になったらまた来ようよ」
「いいねぇ」
ぼんやりと紅葉したイチョウ並木を思い描きながら答える。
「ほんと?約束よ!」
いきなり手を引っ張られて横を見ると、片梨さんが目をキラキラとさせて俺の目を覗き込んできた。
えっ?俺いま何か言った?
「約束って……」
聞き返そうとしたとき、キィィィンと鼓膜を直接つつくようなハウリング音に続いてスピーカーが割れんばかりの大音声が周囲に響き渡った。
『隠蔽と改ざんの省庁は消えろーっ!』『消えろー』
なんだ?
『国民をだますなーっ!』『だますなー』
「なによ、もう。デモ行進?どこか他所でやりなさいよー。サイテー」
片梨さんがプンプン怒っている。
「ちょっと騒がしいから公園の中を通って行こう。こっち……」
反射的に片梨さんの手を取ってすぐ横にあった入り口から国会前庭に入る。デモ隊のシュプレヒコールはまだ聞こえているが、公園の樹々を通しているせいかすごく遠くに感じてほっと息をつく。
「地図アプリによるとこのまま公園の中を抜けて行けば国会図書館の近くに抜けられるみたいだ」
片梨さんの手を離して携帯端末の画面をスクロールする。
ほら、と画面を差し出してもなぜか片梨さんは顔をそむけたままで「うん」と小さく相槌を打つだけだった。
同じころ、目的地の国会図書館ではカサギとトオノが調べ物をしていた。
カサギは黄色地に花柄のド派手はアロハシャツ姿で、大きな体を丸めるようにして図書館に据え付けのサーチ端末で何やら資料を検索している。トオノは目立たないジャケット姿であちらこちらとぶらつきながら監視カメラの位置や掃き出し窓の施錠などをさりげなく調査していた。
一通り調べ終わった様子でトオノがカサギの席に近寄って行った。
「あーあ、バカップルがイチャイチャしちゃってまあ」
けっ、と吐き捨てるようにつぶやく。SNS作戦が上手くいった様子で、館内には普段より若者の姿が多く見えた。
「お、あった。はー、便利なもんだな」
カサギはカサギで目当ての資料を発見して独り言ちている。
デモ隊が近づいたのか、国会図書館の中にも拡声器のがなり声が飛び込んでくる。
「それにしても……」
とトオノが喧騒が入り込んでくる入館ゲートの方向に目を向ける。
「レイド当日もこんな感じなんですかねぇ」
外では国会議事堂前から与党第一党本部建物までデモ行進の列が続いていた。
「デモは憲法で保障された国民の権利だからな」
とカサギ。資料のプリントアウトのリクエストを送り終えて顔を上げる。
「あんなことやっても変わらないのに、若者はわかっちゃいねぇ」
「そうやって政治の現状を放置した大人の責任では?」
「……ぐうの音もでないよ」
カサギがすまし顔のトオノを見て苦笑する。
「だがテロ予告はやりすぎだ。主張の正しさも妥協点を探ろうとする誠意もみんなまとめて吹き飛ばしちまう」
今朝のニュースは首相襲撃テロ予告事件の話題一色だった。政治とカネのスキャンダル発覚は税制改正問題に衆目を集めることとなり、さらには権益まみれの省庁解体を主張する声にまで発展していった。与野党の議席数が拮抗して政権運営が難しい今期の通常国会は会期の延長を余儀なくされ、現在に至る。与党は引き延ばし戦術で世論の関心が薄れるのを待つ構えだったが、そこにテロ予告というインパクトの大きい話題が投下されたわけだ。
「それにしてもテロ決行日まで一週間以上ある予告なんてヘンじゃないですか?」
どんなに自信があったとしても阻止されてしまえば元も子もない。なのに、予告日は来週の日曜日だという。延長された国会の最終日に合わせたものと思われるが、その日は偶然この場所がレイドの現場となる日だった。
「……タイミング的に妨害工作かもな」
ただでさえ監視の目が多い国会議事堂周辺では潜入ミッションは難しい。そのうえテロを警戒した警備と捜査が行われるとなると、怪しい装備類の携行はほぼ不可能になる。
「でも誰が?ノクターナルにもバロック・ドッグスにもメリットがあるとは思えないし……」
「となると、第三の勢力がいるのかもな。おっと」
「どうしました?カサギさん」
「入り口のほうを見るな。このまま奥へ移動しよう」
「何が……って、ナニやってんだよ英太は……」
トオノが手元に隠し持った鏡には玄関の自動ドアを開けて入ってくる英太と桔花の姿が映っていた。
「利用者登録に身分証がいるんだって。学生証でイケるのかな?」
「ダメみたいだよ。顔写真付きで住所と生年月日も書いてないといけないんだってさ」
「うそ。英太は登録できるの?」
「マイナンバーカードを持ってきたからね。あー、それと、言い忘れていたけど国会図書館は十八歳未満は登録できないんだよね」
そういいながら俺は片梨さんに偽造マイナンバーカードを見せつつ、生年の部分を指さして必死にウインクでアピールする。気づいてくれー。
「えー。じゃあ、どっちみちあたしは登録できないんじゃん。不公平だぁ」
ほっ。ここで『おまえも十六だろがぃ』などと大声で暴露されたら終わりだったよ。
「そんな制限あるなら先に言ってよね」
いや、勝手についてきたんでしょ?
「そっちのリーダーからは聞いていなかったの?」
矛先を逸らそうと小声で問いかける。
「……今回は外だけ見ておけば十分だったのよ……」
つまり片梨さんは入館するつもりはなかったってことか。
「じゃあ、俺はちょっと手続きしてくるから」
「こんな可愛い彼女を一人で待たせるなんてどういうつもり?」
そんなことを言われてもねぇ。え?彼女?
「アイス」
「へ?」
「B&Rのアイス食べたーい。待ちぼうけさせるならそのくらいのお詫びは当然よね?」
そんなご無体な……。
「わかったから、ここで大人しく待ってて」
「わーい、早く帰ってきてね」
語尾にハートマークが浮かびそうな満面の笑みで壁際のベンチに腰を下ろす。
周囲の男子の、何しに来たんだコイツ的な視線が痛い。
はあ……。早いところ手続きを済ませよう。なんだかあまり長びくとタクシーメーターが上がるみたいにアイスの段数が増えていきそうだ……。
結局、この日は利用者登録だけして帰ることにした。
ついで?に最寄りのアイスクリームスタンドということで銀座で三段重ねを奢らされてしまった。
これって、やっぱりライバルチームの妨害工作だよね?
国会図書館の下見を終え、準備は着々と進む。そして新たなレイドが幕を開けた――




