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Ep4-2 前哨戦

法は逸脱しても犯罪者には堕ちない――レイダースの矜持を胸に刻み、英太の運命を左右するレイドの準備が着々と進む。

「さて、そういうわけで、今回のレイドは潜入ミッション、しかもを残さず、というカテゴリーになる」

「はい」

「潜入メンバーは俺とトオノ、それと英太。情報管制はメイ。バックアップにケイタだ」

「えー、オレ現場出れねーの?赤いヤツと決着つけなきゃなんねーのにぃ」

「潜入ミッションつっただろうが。戦闘無しの隠密行動だ。おまえがいたら万が一ノクターナルと鉢合わせたときに面倒なことになるのが火を見るよりも明らかだろうが。ただでさえニュービィの英太の面倒を見なきゃいかんのに、おまえを見張りながらなんてできるか!」

「うぐ」

 しゅんとなるケイタ。

「でも、俺が行って役に立ちますかね?」

「英太には僕のガジェットを操作してもらいたいんだ。前回みたくラストシーンを彩るいい仕掛けを作ったからね。期待しているよ」

 俺はどうやらトオノさん手作りの魔法道具ガジェットを起動するための術式要員らしい。トオノさんは天才ゆえに自分の術式適性を越えたガジェットを作り出してしまうようだ。

 カサギさんのブリーフィングを尻目にメイさんはコンソールにかじりついて何やらSNSをやっている。

 気になって肩越しに覗き込むと、少し脇にずれて画面を見せてくれた。


『国会図書館の大改革がマジでヤバすぎる件』

『マジで時間溶けるんだが。有能なヤツが実践している国会図書館の活用法』

『大学受験で東京行くヤツは三十分でいいから時間作って国会図書館行け。マジで学生活損するぞ!』


 マジが続く動画の紹介リンクのあとに、一般人を装ってリプライが書き込まれている。


『え?たったこれだけ?現地行かなくても本登録までネットで全部できるやん』

『ネットで漫画数十万冊タダで見放題ワロタ。

→エアプ乙。

→は?真実なんだが?情弱は黙ってろ。

→税金払っているからただではない。

→弁解必死で草』


 自作自演で煽りあうシーンを演出したり。


『国会図書館でこち亀全巻読めるぞ。って、何日かかるねん!』

『国民の財産なんだから利用しないと損じゃんね?』

『国会図書館にゲーム3300点収蔵されてるって聞いたから行ってきた……ダメだった』


 多人数が興味を抱いている風を装ったり。


『実は関西にもある。国会図書館1900万点の衝撃』という記事のリンクはなぜか送信が取り消されていた。

 興味深く覗き込んでいる俺にカサギさんが説明してくれる。

「国会図書館に英太たちの体毛や指紋が残っていても不自然にならないように、おまえらには事前に赴いて何度か入館してもらう。急に利用者登録を思いつくのは不自然だから、SNSや動画をバズらせて若者が国会図書館に赴くムーブを作っているんだ」

 なるほど。

「期末試験も近いからちょうどいいです」

「国会図書館に自習室はないぞ」

「あれ、そうなんですか?」

「それに利用資格があるのは満十八歳からだ」

「俺、十六ですよ。十八からなんて高校生はダメなんじゃ?」

「満年齢だからな。高校三年生なら誕生日を過ぎていれば問題ない。というわけで、利用者登録時には身分証明にこれを使え」

 カサギさんが見覚えのあるカードを卓上を滑らせてこちらによこす。

「これ、俺のマイナンバーカードじゃないですか。……しかも生まれ年が改ざんしてある。さっき言ってたご高説はなんだったんですか」

 じとーっとした目でカサギさんを見る。

「ま、所詮同じ穴の狢ってことだ。固いことをいうな」

 大人ってずるい……。


 俺とカサギさんが漫才のような会話をしている間に、メイさんが次のような動画リンクとコメントをそれぞれ異なるアカウントでアップしていた。


『国会図書館公式「ご先祖様を探す」』

『あたしのご先祖様、伊能忠敬ってマ?ちょっと日本一周してくる』


 翌日、学校終わりに国会図書館に行くことにした。平日は夜十九時まで開館しているようだから十分に間に合う。

「そんなに急いでどこに行くのよ?」

 うげっ、片梨さん……。

 昇降口で待ち伏せている片梨さんに捕まってしまった。てっきりレイドまでは顔も合わせないものだと思っていたのに。

「ちょっと図書館に……」

 咄嗟とっさのことで言い訳を思いつけず、曖昧な表現でごまかす。

「奇遇ね。あたしも今日は図書館に行く予定なのよ」

 そういうと、にこにことよそ行きの笑顔で俺の左に並んで歩きだす。

「あのー、片梨さん。俺たちライバルチームなんだから一緒に行動するのはまずいのでは?」

 小声で遠回しにお断りしてみる。

「あら、英太はあたしと敵対しないって言ったじゃない。あれは嘘だったの?」

「いや、そんなことはないけど」

「それに元から勝敗は決まってるようなものよ。だから英太のチーム入りは既定の事実ってこと。なんの問題もないでしょ?」

 小声で話しながら可愛く小首をかしげる。

 うう、周囲の視線が痛い。

「片梨さんて二重人格なの?」

 しまった、会話に窮してつい口を突いた。叩かれる……。

「……二重人格だとしたらどうする?英太はあたしを避ける?」

 声のトーンが少し距離を置いたものになる。

「いや、それよりも心配になるよ」

 うつむいている片梨さんのほうを思わず振り返る。

 それを待っていたかのように、片梨さんがにぱっと笑いかけて俺の腕に絡み付いてきた。

「やっぱり英太はあたしのこと好きなんでしょう?」

「そ、そういうわけじゃ……」

 突然のことで顔が真っ赤になる。

「なによ。そこは素直に、はいっていいなさいよ。まあいいわ。レイドが終わるまではライバルってことにしといてあげる」

 つかんだときと同じく唐突に腕を離す。

「(ありがと)」

 片梨さんが地面に向かって小さくつぶやいた声は俺の耳には届かず下校の喧騒に吸い込まれていった。


 ***


 校舎二階の窓から、腕を組んで下校する二人の姿を見下ろす影があった。

「本日は急用ができましたので、これにて失礼いたします」

 えっ?と驚きの息を吐いて生徒会役員の面々が窓際を振り向く。

 くるりと振り向いた綾神あやがみ静音しずね生徒会長は申し訳なさそうな笑顔を作って役員たちに丁寧にお辞儀をした。

「誠に申し訳ありません。では、失礼いたします」

 突然の申し出とは思えないほど自然に身支度をして退出していく。

 静音はゆったりとした動きからは想像できない素早さで昇降口をくぐり、校舎前の階段を降りると目の前の車寄せに停車していた黒塗りの車(リムジン)に乗り込む。途中連絡したふうもなかったにもかかわらず、運転手がドアを開けて待っていた。

「千代さん、あの二人を追って」

 運転手が席に着くと同時に静音が指示を出す。その瞳には坂道を下っていく英太と桔花の姿が映っていた。

「ストーカーは良い趣味とはいえませんね。お嬢様」

 路面の凸凹もエンジンの振動も感じさせない滑らかな動きでリムジンが走り出す。

「ち、違うわ。学校の風紀を守るためよ。不適切なお付き合いをなさらないように見張らなくてはいけませんの」

 普段は見せない慌てた表情で言い訳をする。

 初老の女性という運転手には珍しい種類の微笑みがミラー越しに静音に視線を送る。

「不純異性交遊ですか。昔は十六才と言えば立派な成人でした。わたくしが初めて出仕したころは、十六でお輿入れなど普通でございましたよ」

 静音は目を逸らして少し頬を赤らめる。

「そのような大昔のお話を持ち出されても困ります」

「ほほほ」

 追跡する相手は予想通り最寄り駅へと向かった。そのまま駅に入っていくのを車内から確認する。

「お二人でどちらまで行く気かしら……」

 つぶやく静音に暖かい視線を送りながら、千代と呼ばれた運転手が車を発車させる。

 運転手はどうやってか英太と桔花の現在位置を把握しているようだ。必ずしも道路沿いに走っていない鉄道の線路からつかず離れず車を進めていく。やがて英太たちの乗る電車は地下鉄線に乗り入れていったが、運転手は意に介さずに地下鉄をトレースしながら地上の道路に車を走らせた。ときどき信号待ちでもないのに路肩に停めるのは地下鉄の停車に合わせているからだろうか。

 やがてビルの影から東京タワーが現れる。リムジンは正面に東京タワーを捉えたまま道路を進み、国道一号線に行き当たったところで左折した。

「この場所は……。水野さん、もういいわ。戻って」

「よろしいので?」

「ええ」

 官庁街の地下鉄出口から現れた二人を見届けて、静音の乗るリムジンは静かに立ち去って行った。


図らずも図書館デートの装いとなって戸惑う英太とどこか上機嫌な桔花は、遠くから見守る視線に気づいていなかった――

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