Ep4-1 白い焚書《ホワイト・インシネレーション》
新たなレイドの詳細が明かされる―――
【案件コード】 :No.0137
【依頼主】 :匿名(政府筋)
【報酬】 :1500万クレジット
【参加フィー】 :1000GEM
【制限時間】 :九十分
【依頼ランク】 :B
【ターゲット】 :白い焚書
【ミッション】 :行動制限付き目的達成型(完全消去または完全封印)
【ロケーション】:国会図書館新館封印書庫
【情報概要】 :秘匿等級AA(公的文書での存在否定済)の禁書で内容及び外観について一切の情報流出を禁ず。
「都市伝説の一種ですね。『白い焚書』っていう名称は、通常の焚書とは逆に『燃やすことすら許されず、密封され白布に包まれて倉庫に保管されている』という逸話に由来するそうです」
トオノがカサギに一次調査結果を伝える。
腕利きのレイダースでさえ知り得ない事実だが、白い焚書とされている文書とは昭和の高度経済成長期に極秘裏に実施されたとある政府系研究機関の社会実験結果だ。実験そのものが非人道的かつ大規模なもので、その結果は目覚ましいものだった。が、影響力の大きさと人権侵害的な内容から、公表すれば政府並びに与党第一党への批判は免れないと判断した当時の政治の中枢の者たちが、実験内容とその結果の秘匿を決定した。
だが、情報というものはアリの穴ほどもない隙間からも漏れるものだ。やがて漏れ出した情報に尾ひれがつき、本来の実験内容を上回る悪逆非道なものと噂されるようになった。政府筋は荒唐無稽な夢想家の戯言に過ぎないと取り合わなかったが、噂を完全に消し去るには至らなかった。万が一の事態を重く見た政府筋はこれ以上の情報漏洩リスクを恐れ、資料を破棄しその存在を完全消去することを決定した。だが焚書実施の直前で与党の重鎮が異議を唱えることとなった。
曰く、証拠を焼却したことが明るみに出れば、その内容が噂通りであったと主張された場合否定できる根拠が無くなる。与党を攻撃したい勢力は証拠が焼却された事実だけを証明すればよいことになる――。
こうして焼却することも存在することも許されなくなった文書は、ごく少数の者しか知らない書庫にその存在ごと厳重に封印されたのであった。
「運営から補足事項が出ていますね。『ロケーションへの侵入が当局に漏洩した場合、運営はレイド失敗と判断すると同時に、本レイド参加者の社会的地位保全を放棄する』だってさ」
「うーむ、厄介だな……」
「どういうことなんすか?リーダー」
「国会図書館に侵入の痕跡が見つかった時点でアウトってことだ。その場合、運営は俺たちを見捨てる、と」
「運営が知らんぷりしたってオレ達が捕まらなきゃ問題ねーだろ?」
「そうもいかん。秘匿等級AAのターゲットだ。国家を挙げて犯人捜しが始まるだろう。運営が護ってくれなきゃ俺たちなんざ、すぐに身元が割れてお縄頂戴だ」
意外だな。レイダースはアウトローの集団かと思っていたけど。
「意外そうな顔だな?英太」
カサギさんが鋭い目つきで俺の頭の中を見透かしてくる。
「いえ……」
「最初にきちんと言っておかなきゃな。いいか、俺たちレイダースの活動は非合法だが犯罪者集団じゃあない」
「というと?」
「レイドに関連する行為に関する違法行為は超法規的に免責されて刑事責任は問われないんだ」
トオノさんが代わりに応える。
「……でもそれって、合法ドラックと同じ言い訳じゃないですか?」
これから俺はそっち側になるんだ。疑問点はきちんと解消しておいた方がいい。多少あけすけな物言いになっても。
「ちげぇよ。法は逸脱してもレイドの枠組みは守るっていうレイダースの矜持ってやつさ」
ケイタが胸を張る。
「この前の渋谷のレイド。あれだって法に照らせば不法侵入に器物破損、銃刀法違反の上に傷害罪がつく」
あと、遺体損壊も。
「本来、地下の埋蔵物はその土地の持ち主のものだから、それを狙うレイド自体が不法行為だね。だけど考えてごらん。あんなもの、地主が見つけても手に余るだろ?」
「確かに」
「教会が危険性を感じて持ち掛けたレイドだ。一般人に処理できる範疇を越えている。そこを見極めて運営が責任を持つ形で超法規的なレイドを開催するってわけだ」
なるほど。レイドっていうのは縁の下の力持ち的なものなのか。
「ただし、運営が正義って信じちゃいけねぇぜ?」
「はい?」
「運営は営利団体だ。一応国益は担保しているらしいが、連中も一枚岩じゃない。腹黒い権力同士が額を寄せて自分たちの権益と利益を秤にかけながら運営しているってこった。結局のところ俺たちは運営の匙加減でどうにでも扱われる消耗品なのさ。だから今回のレイドで誰かがヘマ踏んじまったら……」
カサマさんが親指でクイッと首を切る仕草をする。
ごくり。
「とまあ、ちょいと脅したが心配するな。要するにレイドはルール無用の何でもアリってわけじゃあない、俺たちは無法者じゃないってことだ」
「そうそう。僕たちは秩序ある現代社会の都会暮らしが大好きな平和主義者なんだよねー」
「ま、履歴書には書けない職業だけどな」
けけけ、と笑い飛ばすケイタにつられて笑いながら、俺も覚悟を持とうと決めた。
英太はアンダーグラウンドの存在であるレイダースとなることの覚悟を再確認した――




