Ep3-9 二つの成功条件《メルクマーク》
暫定的だがレムナンツ・ハンズに再合流した英太は、新しいアジトでメンバーたちとの再会のひとときを楽しむ――
「ばっきゃろーっ!」
カサギさんの大音声とともにスチール製の灰皿が飛んでくる。
「悪かったって、リーダー」
「なんでそんなことになるんだ!」
「その場の成り行きっていうか、勢いっていうか?」
「ノクターナルもノクターナルだ。なんでこんな契約を飲んだんだか……」
「すみません、カサギさん。ケイタは俺を守ろうとしてくれたんです」
カサギさんが見慣れない部屋の見慣れたソファに深く腰を下ろしてこちらをじろりとねめつける。
「おまえには一回だけだと言ったはずだ。本採用はしない。だからアジトを引き払ったタイミングで接触を断ったんだ。レイダーを続けたいならノクターナルに入れば良かろう」
「すみません……」
俺ってやっぱりレムナンツ・ハンズからはお払い箱扱いだったんだな……。
「面倒なら今からでもあっちに送り付けちゃえば?まあ、僕は結構気に入っているけどね、英太くんのこと」
「そうはいくか。レイドチーム間で交わした契約ってのはおまえらが思うような軽いもんじゃねーんだ。こっちの都合で、はい、やーめた、なんてできねぇんだよ。とくに勝敗を掛けた契約はな」
「なら、いーじゃん。勝手したのは悪かったけどよぉ、やるっきゃないなら準備しようぜ」
「だからおまえは反省が足りないっていってんだ、このバカチンが!」
ぎゃーぎゃーやりあっているリーダーとケイタを尻目にトオノがモニタの前に座るメイに話しかけている。
「次のレイドってどんなのがあんの?ほー、潜入ミッションか。『白い焚書』ねぇ。政府がらみでいわく有りね……。ターゲットの完全消去または完全封印か。へー、ミッション成功条件が二通りあるんだ。どっちを達成しても可、か。珍しー」
この期に及んで俺はまだお客様扱いだ。先日ケイタにシロウト相手と言われたのも地味に気にしている。どうやったらプロフェッショナルになれるんだろう。
「……勝負をする以上、負けられねぇんだ。だからこそ勝てる勝負を選ぶ必要がある。誰からもどんな勝負も受けるなんてのは強者の特権だ。俺たち弱者は、自分のフィールドで戦う必要があるんだよ。だからこそ、レイドの内容も確認しないまま契約するなんて言語道断だって言ってんだ」
カサギさんがくどくどと説教を続けている。さんざん反省が足りないと叱られたケイタは神妙な態度で聞いている。ふりだけかもしれないけど。
「カサギさーん、次のレイド、潜入ミッションだってさ。ランクBだし、戦闘はなさそうだからちょうどいいんじゃない?」
「ああ?ランクBったってあてになんねぇぞ。この前の渋谷のレイドだって事後評価でランクAに修正になったじゃないか」
「そうなんですか?」
レイド後の収支報告に参加できなかった俺が小声で確認すると、メイさんはコクリとうなずいた。
「敵対的な高次元情報体の出現はそれだけでランクA相当。最終局面に携わったチームには特別報酬が出た。高次元情報体を倒したことに対する謝礼も教会から出たからガッポガッポ」
メイさんがうひひ、とだらしない笑顔を見せる。
「ま、口止め料ってことだ。英太も不用意な噂を口にするんじゃねえぞ」
「わかりました、リーダー」
「次のレイド、場所もいいんじゃない?ほら。ここで大規模な戦闘はあり得ないっしょ」
「……うーん、確かに。エントリー状況は?」
「今のところ一チームだけ」
「ウチとノクターナルを入れて三チームか。報酬もランクBの最低ラインだし、リスクの割に儲けが少ないからこれ以上は競合チームも増えなさそうだな」
「な?ちょうどいいレイドだったろ?」
「うるさい。本来ならウチも不参加の予定だったんだ。渋谷のレイドで儲かったからハイリスクローリターンなレイドに手を出す必要はなかったってのに……」
ケイタがぽかりと叩かれた頭をさする。
「すみません、俺のせいで」
「うん?まあ、しょうがねぇ。だがやると決まった以上、おまえにも働いてもらうぞ」
「はい。もちろんです」
仲間と認めてもらえたようでちょっと嬉しい。
「で、競合チーム名は分かるか?」
「バロック・ドッグス。常連さんだね」
「バロック・ドッグスはなんにでもエントリーしてくるなあ」
「連中は三軍まである大所帯だっていうし、レイドの目的もターゲットの奪取というより実戦経験を積むほうに重きを置いているようだからな」
「へぇ、やっぱりスポンサーがついているチームは違うねぇ」
「OZは出ねぇのか?前回ラストでかっさらわれたかンなぁ。ついでにリベンジマッチもしたかったのによォ」
「おまえはバカか。連中はドローン主体のチームだからこういう潜入ミッションは得意分野なんだぞ?こっちの勝ち目が減るような敵を望むな」
「僕もOZには来てほしかったなぁ。僕の大事なドローンを真っ二つにされた恨みがあるからねぇ」
「珍しいな、トオノがそんな好戦的な台詞を吐くなんて」
「今回は僕にも秘策があるんですよ。ふっふっふ」
そういいながらトオノさんは半分ほど分解して机上に広げたクモ型のメカをワシャワシャと動かした。
次のレイドが決まった。レムナンツ・ハンズは潜入ミッションの準備に取り掛かる――




