Ep3-8 勝負(2)
曾祖父の足跡に触れ、レイダースの世界に足を踏み入れる決心をした英太の前に桔花が現れ――
ひいおじいちゃんの家からの帰り道。こんど片梨さんに会ったらはっきりと言おう。レイダーになると決めたからには、記憶を消されるわけにはいかない。話し合えばきっと分かってくれる。よし。
グッと拳に力を入れて決意を新たにし、顔をあげた先に腕組みした片梨さんが仁王立ちで道をふさいでいた。
「!」
先日の鬼神のごとき追撃の記憶が甦り背筋を凍らせる。
「英太……」
「片梨さん!」
突然のことで半分パニックになりながらも、飲まれてはダメだ、はっきりと言うんだと決めた思いが相手の声を掻き消して口から迸る。俺はきつく目をつむって叫ぶように言い放った。
「俺はきみと対立するつもりはない。だけど、きみの命令に従うつもりもない。俺はきみが何をしようとも挑む者になる。そう決めた。そう自分に誓ったんだ!だから……」
俺の記憶を消すのはやめてくれ、話し合おうじゃないかと続けようとした言葉を口ごもる。
なぜなら黙って俺の言葉を聞いていた片梨さんの方向から言い知れぬ恐怖と圧力を感じたからだ。
「へぇ。あたしの言うことが聞けないと。あたしの厚意を無下にして略奪者になると。そういうのね?」
ピキピキと擬音が聞こえてくる勢いで片梨さんの整った顔立ちに青筋が立つ。
「あのー、片梨さん?」
片梨さんがゆっくりと革手袋を巻く。甲に銀糸で何かの紋様が刺繍されている。
「あんた何様のつもり?このあたしが散々誘ってあげたのにその言い草……。はん、やっぱり言葉で言っても分からないようね。いいわ、なら力で分からせてあげる。どっちが主かってことをね!」
言い終わりと同時に拳が閃く。
「ひぃ」
間一髪で避けた拳が目の間のコンクリートブロックにめり込む。
「心配しないで。コレは力を抑えるものだから。万が一にも死ぬことはないはずよ」
「はずって、どわー!」
空気を焦がすような鋭い打撃を後ろ跳びに避ける。が、マンホールの小さな段差に足を取られて尻餅をついた。
万事休す!
片梨さんの体重の乗った振り下ろしのフックが、かざした指の隙間越しにスローモーションで降ってくる。
バシィィィッ!
「おいおい、桔花さんよォ。シロウト相手になに本気出してんだ?」
ケイタがポケットから出した右手の平で、片梨さんの拳を受け止めていた。
「ケイタ!」
「待たせたな、兄弟」
「どうしてここに?」
「護るって言ったろ?」
ケイタが振り向いてニヤリと笑う。
「ああもう、どいつもこいつも余計なことばかり。退きなさい、駄犬」
「へっ」
路上の狭い空間で超高速バトルが始まった。
片梨さんの拳が、脚が、残像を追えないほどのスピードで繰り出される。それをケイタが最小限の動きでガードし、捌き、躱して反撃の突きを入れる。
片梨さんの攻撃の数回ごとにケイタが一回反撃するような割合だが、ケイタの攻撃は重く五分五分の攻防を繰り広げていた。だが片梨さんの表情は苛立ちが増すどころか喜色をたたえ始め、回転スピードがどんどん上がっていく。
いよいよ片梨さんのスピードがケイタのパワーを上回ろうとしたそのとき、ケイタの山突きが寸止めで決まった。
「ふっ」
顎と腹部に突き刺さる寸前で止められた二つの拳から大きく飛びのいて距離を取る。
だが片梨さんの双眸は戦いの興奮にギラつき、口元には狂暴な笑みが浮かんでいた。
「だあぁぁっ!」
一度は引いたと思われた二人が、今度は頭上でがっしりと両手を組みあって力比べでいがみ合う。超絶技巧の戦闘から一転してまるで子供の喧嘩だ。
平均よりは身長が低めとはいえ、みっしりと筋肉をつけたケイタの腕を片梨さんの細い腕ががっちり押さえ込んで互いに微動だにしない姿は奇妙なほどであった。
あまりの急展開と迫力に呆けていた俺はようやくハッと気を取り直した。
「ケイタ、そのへんにしておこうよ。片梨さんも矛を収めてください」
まあまあ、という感じで仲裁に入ろうとして、俺は双方から突き飛ばされて道の反対側の塀まで吹っ飛ばされた。きゅう。
「いい加減にしやがれ、英太を狙うサイコ野郎!」
「可憐な乙女に向かって野郎とは何よ!そっちこそ英太を見捨てたくせに、この駄犬。知ってるんだからね!」
今度はお互いに掴みかからんばかりの距離で口論を始めた。
「むぐっ。事務所の引っ越しは前から決まってたことだ。タイミングが悪かっただけだ」
「ふん、どうだか。そのままバックレるつもりだったくせに」
「ちげぇ。英太はオレが、俺たちレムナンツ・ハンズが護る」
「なによ。英太はノクターナルに入るのよ。あたしの下で一人前に育てるわ」
「いいや、レムナンツ・ハンズだ。英太はウチのチームに入れる!」
「ノクターナルよ!」
「ようし、そこまで言うんなら勝負だ。英太は次のレイドで勝ったほうのチームに入る。これでいいな?」
「ははん、上等じゃない。万年中堅レベルの弱小チームがウチに勝てると?面白いわ、受けてやろうじゃないの」
「あのー、俺の意志は……」
「決まりだ。あとでなかったことにしようとか言いっこなしだぞ」
「乙女のプライドにかけてそんな恥ずかしい真似はしないわ。契約成立ね」
「契約成立だ」
ケイタが手の平にペッと唾を吐いて差し出す。片梨さんはその手を勢いよくつかんで強く振って切った。
「あんたのところはどうせ戦力が足りないでしょう?英太は決着までそっちのチームに預けるわ。せいぜい最後の思い出作りに励みなさい」
そういうと片梨さんは回れ右をして立ち去って行った。
こうして、俺のレイダーになるという意志はうやむやのうちに既定路線となり、所属チームは次のレイドの結果次第ということになった。
なんだろう。せっかくの意気込みがやり場もなくわだかまるモヤモヤしたこの感じは……。こんちくしょー。
次のレイドは英太を賭けた戦いだ!二人のヒーローに挟まれて揺れるヒロインの心はどちらに微笑むのか……って、そんな話じゃないのにぃ~




