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Ep3-8 勝負

英太が悩みながら歩き始めたころ、しばらく学校にも姿を見せていなかった桔花は無機質な病室で鬱屈した時間を過ごしていた――

「気にくわないわ」

 白い部屋を二つ結びにした赤い髪が苛立たし気に揺れながら行ったり来たりしている。

 桔花だ。

 入院患者の術衣のような白い合わせの服を着て、白いスリッパをペタペタと鳴らしながら一人部屋にしては広い個室を歩き回っている。

「そう苛立つな。検査入院が伸びるぞ」

 桔花の髪色以外、何から何まで真っ白な部屋の中、鴉の濡れ羽のごとく黒一色の男が入り口の壁にもたれて立っている。こちらは玖条漣だ。失ったはずの右腕には義手でも取り付けているのだろうか、長袖のジャケットに隠れるような手首まで覆う革製の手袋をはめている。

「うぐっ」

 学校で大暴れした翌日からもう二日も閉じ込められている。力を使い過ぎた影響がどの程度出ているかを詳しく検査しているのだ。

 立ち止まった桔花が両手の拳を握って肩をいからせる。

 やれやれ、といった体で漣が桔花に話しかける。

「レイドでもないのにあれだけ暴れ回ったんだ。自業自得だろう。もっと感情をコントロールする術を身に付けろ」

「それは分かっているわよ。反省もしてる。気にくわないのはあいつのことよ」

「石守君のことか。正直、俺も彼があそこまで動けるとは思っていなかった」

「ずぶのシロウトが何であんな高度な術式をいくつも繰り出せるワケ?」

「天性の勘か前生の記憶か……いずれにしても脅威であることには変わりない」

 漣は自分の直感が正しかったことを再確認するようにつぶやく。

「あいつに一泡吹かせてやりたい。誰がイチバンか分からせてやるんだから」

「彼の記憶を封印し、量子結晶体へのアクセス回路を封印すると言ったはずだ」

「それよ。記憶を消してしまったら、あいつに実力で分からせるチャンスがなくなるわ」

「だが彼を俺の目の届かないところに放置することはできない。たった数回の経験でもあれだけの才能の片鱗を見せたんだ。術式適合性の高さは折り紙付きだろう。だがそれは諸刃の剣でもある。無秩序に力を使い続ければ人のままではいられなくなる。そうなればおまえへの影響も無視できない」

 今でさえ相当入れ込んでいるように見える。本人は無意識のようだが。

「レイドチームに入れればいいんでしょう?そうすれば漣も監督できるし」

「勧誘には失敗したんだろう?」

「ええ、言葉ではね。理性で話しかけても理解しない馬鹿は力で従えればいいんだわ。最初からそうすればよかったのよ」

 はあ、とため息をつく。

「……わかった。レイドチームに入れることができれば、石守英太の排除指令は取り消そう」

「いいの、リーダー?」

 桔花が目を輝かせて振り向く。

 漣がもたれていた壁から体を起こして桔花をじっと観察する。

 すでに手遅れだったのかもしれないな。桔花の石守英太への関心はもはや執着に近いレベルになっている。無理に切り離すことで出る悪影響も看過できない。

「前にも言ったがノクターナルはおまえのためのチームだ。俺はチームリーダーとして常にノクターナルにとっての最適解を提示する。だがこのチームのボスはおまえだ、桔花。おまえの望みがすなわちノクターナルの意志だ」

「ありがとう、漣」

 先ほどまでの苛立ちが嘘のように消えて、あいつにああしてやろう、こうしてやろうと楽し気に作戦を練っている。

 普段の漣を良く知る者だけが気づけるくらいの小さな笑みを浮かべてきびすを返す。部屋の自動扉が開いたところで、思い出したように漣が告げた。

「そうそう、学校の修理費の請求が来ていたぞ。レイド外での損害だ。おまえの個人口座から引き落とすようにしておいたからな」

「えーっ!」

 桔花が驚きの声をあげたときにはすでに自動扉は閉じていた。


 桔花は退院を許されるとさっそく英太を探しに赴いた。

「今日は確か土曜日……よね。この時間なら学校は終わっているからあいつは自宅のほうかしら」

 お宝狩り(レイダース)にとって個人情報の取得などは朝飯前だ。もっとも、桔花が住所まで把握している学校関係者など片手でも余るほどだが。

 英太に会ったら言う台詞を考えながら道を急ぐ。

 記憶を消すほうはやめておいてやろう、その代わりあたしのチームに入れ。

 うん、これでばっちりよね。

 でもちょっと待って。

 家に行くんだから呼び鈴を押して呼び出さないといけないんだっけ?

 ケータイの番号もIDも知らないし……。

 迂闊だったわ。こんなことなら無理やりにでもあいつのケータイにIDを登録しておくんだった。

 お宅にお邪魔するのに制服ならおかしくないわよね?

 あれ?初めての訪問だから菓子折りくらい用意しないといけなかったかしら?

 いつもなら柚葉ゆずはが持たせてくれるから忘れてたわ……。


 英太の家まであと一ブロックというところで足が止まる。どうしたものかと逡巡していたとき、通りの反対方向から歩いてくる英太が見えた。


 ***

あの夜以来ぶりに顔を合わせた二人だったが――

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