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Ep3-3 英太無用(2)

いつもと様子の違う桔花の口から切り出されたのは、自らの死刑宣告?だった――

 片梨さんの緩く開いた手のひらに膨大な力が収束していくのを感じる。

 アレを食らってはいけない。本能的にそう察知された。

 蛇に睨まれた蛙のように魅入られている俺に向かって、無造作に腕が振り抜かれる。

 ガタガタガタン

 教室の机をなぎ倒しながら床に転がり光弾をよける。

「じっとしていなさい。あなたを無用に傷つけたくはないわ」

 そりゃ無理な相談だよぉ。

 ようやく魅了を振りほどいて体が動き出す。

「だぁぁぁ」

 引き戸が外れる勢いで教室の前扉を開き、廊下に駆け出す。

 金色の夕日に彩られた廊下には人影がなく、物音ひとつしない。

 階段を左に折れ、反射的に上階へと向かう。

 しまった。上だと逃げ場がない。

「……英太……」

 四階の廊下に上がったとき、階段の下から片梨さんの呼ぶ声が聞こえた。

 音楽室、工作室、調理実習室……

 屋上階段に続く中階段をスルーしてさらに奥へ。

 理科準備室の入り口が少し開いている。するりと中に入り、物音を立てないようにそっと入り口を閉じる。

 まだ安心はできない。さらに奥に進んで、人体模型の脇にある理科実験室との間のドアを試す。ゆっくりドアノブを回す。幸いなことにカギはかかっていなかった。少しだけドアを開いて隙間から様子をうかがう。

 誰もいない。

 暗幕を兼ねた分厚いカーテンも閉じられていて薄闇に覆われている。四つん這いで実験用の作業台の下を隠れるように進む。

 ここなら見つからないだろうか。理科実験室の前後の入り口が確認できる位置で、作業台の下から目だけを出して様子をうかがう。廊下側の窓のカーテンも閉じられているので外が見えるのは扉の明かり取り窓だけだ。

 逃げ切れたのだろうか?それとも追い詰められた?考えてみればここは逃げ場のない校舎の四階だ。レイドの実力者である片梨さんからこの程度で身を隠せるとは思えない。

 ぴちょん……ぴちょん……ぴちょん……

 誰かが閉め忘れた水道の蛇口から水滴の垂れる音が耳につく。

 これっていつまで隠れていればいいんだっけ?そもそも何分経った?

 コツ……コツ……コツ……

 いつの間にか水滴の音に紛れてリノリウムの床を踏む靴音が近づいていた。

「……エ・イ・タ……」

 理科実験室の前で足音が止まる。

 扉の明かり取り窓に影が差す。影の中に金色の双眸がギラリと光を放った。

 やばっ

 本能的な危険を感じて理科実験室の後方に退避する。

 バキンッ

 施錠されているはずの扉が内側に吹き飛ぶ。

 入り口に立つ片梨さんの髪が風のない室内にもかかわらず、ゆらりゆらりとなびいている。

「出てきなさい、英太。命までは取らないわ……」

 さっき消すって言ってたじゃん。

「あなたの記憶を消去します。そうね。新宿のレイドの前日まで遡れば十分かしら。そして量子結晶適合能力に封印を施します。大丈夫。痛みの記憶も一緒に消してあげるから……」

 全然大丈夫じゃない!

 動揺したせいでガタンと椅子を鳴らしてしまう。

 カ、カ、カッ

 鋭い釘を模したような炎の針が作業台の天板や床に突き立つ。実体のない半透明の針が目の前の床板に突き立ち、矢羽根の部分には金魚の尾びれのようにオレンジの炎が揺れている。

 なんで?術式を使っている?そこまで本気ということか。

 部屋の入り口に立って睥睨する片梨さんから視線を外さずにゆっくりと立ち上がる。

「どうして?理由を聞かせてくれ」

 片梨さんがゆっくりと中に入ってくる。

「あなたは危険分子に認定された。よって排除するわ」

「だからなんでなんだよ?俺は別に片梨さんと敵対するつもりはないし、レイダーになるかどうかも決めていないのに」

「あなたが悪いのよ。私の誘いを拒んだから。この力はあなたが思う以上に強大なの。管理できない力は脅威になる。だから排除する。心配しないで。記憶の欠如以外の障害は残らないから問題ないわ」

「問題大ありだ。記憶を消すってことは、この一週間、俺が見たことも聞いたことも感じたことも、自分で考えたことも全部消えてなくなるってことだろ?そんなの、今の俺が消えるってことと同じじゃないか」

「……そうね。だから最初に言ったのよ。あなたには消えてもらうって。私を知るあなたは存在しなくなる。それでいい……」

「いいわけないだろ!人の記憶を軽々しくもてあそぶな!」

「軽々しく?そんなわけないじゃない……。記憶を失う辛さは、誰よりもこのあたしが知っているわ!」

 片梨さんの雰囲気が変わった。感情をあらわにせずただ非情な指令を実行することに徹していた表情が崩れ、瞳に苦悩の色が浮かぶ。だがそれはすぐに俺への怒りに塗り替えられていく。

「もういいわ。力尽くでわからせてあげる。多少の怪我は記憶喪失のいいカモフラージュになるしね」

 挑発して隙を作ろうとしたけれど、少しやりすぎてしまったらしい。

「やばっ」

 一気に理科実験室の後ろ扉まで走って引き戸を開ける。扉を閉める間も惜しんで転がるように壁の陰に退避した。

「バカ英太ぁッ!」


 片梨さんが炎の矢を放った瞬間、理科実験室が爆発した。


 轟音とともに窓ガラスが砕け散る。

 片梨さんとの対話の前にガスの元栓を開いておいたのだ。それほど時間は経っていなかったから大火事になるほどではない。だが片梨さんを足止めするには十分な威力だった。

 急いで北階段を駆け下りる。とにかく外に逃げなきゃ。

 炎を操るレイダーの片梨さんがあの程度の仕掛けでダメージを負うとは思えない。

 俺は一階にたどり着くと、上履きのまま非常口から裏庭へと駆け出した。


「やってくれたわね。英太、覚悟なさい」

 口元を歪めて嗤う桔花の瞳が狂気の黄色をはらむ。ガスの燃焼による青い炎がまるで小魚の群れのように輪を作って桔花の周りを踊っていた。


抗うことを選んだ英太は、桔花の攻撃を避けあてのない逃走を開始した――

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