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Ep3-3 英太無用

女子の手作り弁当イベント発生にソワソワする英太だったが――

「母さん、明日の弁当要らない」

 家に帰ると夜勤明けにもかかわらず家事をしている母さんに声をかける。

「あらそう?母さんは助かるけど。何かあるの?」

「ちょっと友達と学食で相談することがあって」

「それなら学食でお弁当を広げればいいじゃない?」

「ひ、ひとりだけ弁当って目立つからイヤなんだよ……」

 本当は女子が弁当を持ってきてくれるかもしれないから、なんて言えずに適当な言い訳をする。

「へぇー。思春期だもんね、英太も。分かったわ」

 なんだか見透かされているような気がしてそれ以上ぼろが出る前に自室に引っ込んだ。


 翌日。

「英太は今日は片梨さんと昼休みデートか」

「そんなんじゃないよ……っていうか、その話、広まってたりしないよな?」

 慌てて教室の中を見回す。

「まあ、俺からは言いふらしていないかな。ウチのクラスは大丈夫だけどあの場には別のクラスの女子がいたからなぁ。外ではどうなっているやら……」

 わざとらしく頭の後ろで手を組んで目線を逸らす。ニヤついているのが丸わかりだ。

 くっそー、引くも地獄、進むも地獄だ。

 この場合、『進む』は衆目の視線にさらされるだけだけど、『引く』ほうは本物の暴力が荒れ狂うことになりそうだ。なので引くほうの選択肢はあり得無い。だからこそ、進む地獄を思って腰が引ける。うう。

 昼休みのチャイムと同時に教室を出る。手ぶらで廊下を歩く背中に視線が突き刺さるようでいたたまれない。

 決死の思いで屋上階段へ赴く。

 だが、昼休みを半分過ぎても、片梨さんは現れなかった。


 店じまい中の購買で最後の一個の蒸しパンを購入し、残り三分で胃に流し込む。頭の中はモヤモヤでいっぱいだ。

 どうしたのかな?片梨さん。あんなに息巻いていたのに。

 これではほっとするどころかますます不安が高まる。

 もしかして、体調不良で学校を休んでいるんだろうか。

 屋上階段でぼーっと一人で待っている間、終始階下から聞こえていたひそひそ声やクスクス笑う声がよみがえる。これはかなり噂になっているよなぁ。片梨さんのクラスに様子を見に行く勇気なんてないし。

 昼休み以降は教室の中でもちらちらとこちらを見る視線を感じるようになった。ただし、笑い声はない。

「片梨さん、今日学校には来ているみたいだぞ」

 カトウにはかなりぼやかした形で実情を説明したから今回の呼び出しが色恋沙汰でないことは理解してもらっていた。それで俺に変わって情報収集を買って出てくれたのだ。頼んではいないんだけどね。

「そんで英太。おまえ、片梨さんに愛想を尽かされて振られたことになってんぞ」

「……まあ、その逆よりいいよ」

 とにかく、呼び出した本人が現れなかったということは用事は済んだと思っていいよね?

 今日は速攻で帰ろう。

 とカバンを手に取った矢先、担任に呼び止められてしまった。

「石守。おまえ、昨日提出のプリント、持ってきたか?ないなら用紙は渡すから帰る前に記入して職員室に持ってこい」

 しまった。昨日レイド明けで忘れたプリントを今朝もカバンに入れ忘れてた。


 職員室まで用紙をもらいに行って戻ってくると教室には誰も残っていなかった。

「進路調査か……」

 高校二年の一学期なのでまだそこまで詳しく書く必要はない。

 大学進学。

 家にある用紙にはそう簡潔に書いてある。

 いま目の前にある用紙にもそう書いて持って行くだけでいい。決まってないなら他の欄はまだ空欄でいいぞと担任も言っていたじゃないか。

 だけど、どういうわけか手が動かなかった。

 用紙の空欄を見つめる脳裏に先日の夜の情景がフラッシュバックする。

 水の滴る地下鉄線路。

 煉瓦造りの古い地下道。

 木霊する銃撃音。

 足下で砕ける白い骨。

 幽霊のような襲撃者。

 白骨を焼く謎の施設。

 礼拝堂で繰り広げられる人外魔境の戦闘。

 手のひらを叩きつけた大きなボタン。

 何かが吸い出されつつ流れ込むような、奇妙な交感。

 強烈な体験を残したあの夜の後で、当たり前の日常を象徴する『大学進学』の四文字に意味が見いだせなくなっている自分がいる。

 ではレイダーとなってあの超常的な戦闘に身を置くのか?

 そこにも現実味を見いだせない。

 誰もいない放課後の教室で、俺は白紙のプリントを前に身じろぎもできずに座っていた。


「……エ・イ・タ……」

 誰かに呼ばれた気がして、はっと顔を上げる。

 窓から差し込む光はいつの間にか夕暮れの金色に変わっていた。

 授業が終わってから数時間が経過したようだ。

 先生が呼びに来たのだろうか?遅くなってしまった。急いで書かないと。

「英太、ここにいたのね」

 ガラガラと教室の後ろの扉が引き開かれる音がする。

 開け放たれた扉の先に立っていたのは片梨さんだった。

「片梨さん……」

 金色の夕日が片梨さんの赤い髪色をさらに鮮やかな朱色に見せる。

 それは新宿で見た炎の鳥の羽根の色だった。

 金色の虹彩がきらりと光る。

「……残念だけど、あなたには消えてもらうわ」

 感情の消えた声音で片梨さんがつぶいた。

 鈴の鳴るような透明感のある声が耳朶をくすぐる。

 背筋にゾクッとしたものが走る。

 それは冷酷な台詞からくる悪寒ではなく、超越者から発せられた天界の調べに撃たれた衝撃だった。

Ep3-3 英太無用〔つづく〕

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