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Ep0-1 夜を漁る者(3)

 狭行動は元傭所での兵の大男が先行して残りのメンバーが追従する動きがこのチームの鉄則セオリーになっている。ショーと呼ばれた大男の危険察知能力は説明不可能なほど鋭い。

 上に残敵はないと判断して階下へ降りる。階段室は吹き抜けになっており、身を隠す場所は少ないがその分敵の気配は探りやすい。ターゲットのある地下三階までは敵はいないようだ。足音を立てずに素早く移動する。

 地下三階のフロアに入るとツンとした刺激臭と金属の焦げたような匂いが漂っている。

 運営から提示された地図に従って店舗エリアからバックヤードに続く非常口をくぐる。

 天井がむき出しの殺風景な通路の奥は粉塵が舞ったままの状態で見通しが悪い。

 少女がヘッドギアの側頭部をサッと撫でてゴーグルを装着する。口元も簡易的なマスクで覆われる。

「突入する。行くぞ」

「了解」

 リーダーの指示でショーを先頭に三角の隊列を組んで粉塵のカーテンに駆け込む。

 ゴーグルに通路の形状と大まかな障害物が線画で表示される。一種の拡張現実(AR)ゴーグルだ。

 不自然に設けられた横道に入ると床の感触が変わった。明らかにコンクリートの厚みが増して密度が高い。天井も低く、ショーなどは少しかがまないと頭をすりそうだ。左右に部屋があって古びた木製の扉が付いている。先ほどの爆発の被害を受けたのか、それとも元から朽ちていたのか、何枚かの扉は半壊して部屋の中が見える。ゴーグルに熱源は表示されていない。

 漣たちのチームはそれらを素通りして通路の奥に向かった。

 正面の鉄扉が大きくひしゃげて傾いているのが見えた。

 鉄扉の手前の左右の壁が派手に壊れて吹き飛んでいる。

 コンクリートの瓦礫に打ち倒された人体が二体床に転がっている。

 漣のゴーグルはサーモグラフィモードになっていて、生命活動の継続を示す体温が人型に映し出されている。簡易的なバイタルサインが人型に重ねて表示される。重傷だがしばらくはもちそうだ。一瞬の判断ののち、倒れた人影から視線を外して鉄扉の奥をうかがう。

「うわー、ドッグスの連中、どれだけ高性能なスーツ着けてるの。こんなのチートじゃない。直接対戦したら小口径弾なんて効果なさそうね」

 桔花が倒れている人影から距離を取って通り抜ける。

 右側の鉄扉は蝶番に焼き切った痕がある。

「生存者がいるようだ」

 漣に促されて全員先に進む。鉄扉の先の通路は粉塵が少なく呼吸には支障がなさそうだ。だが屋内照明はないのでゴーグルは装着したまま暗視モードで進む。

 さらに先で通路が丁字路になっている。

 左のほうから生体活動が検出されたことを示すサインが点滅する。ターゲットの資料保管庫のある方向だ。

 漣がハンドサインでメンバーに指示を出す。

 桔花がうなずき、ショーがアサルトライフル型デバイスを構えて角まで前進、素早く右、左とクリアリングを行って丁字路を曲がる。続く漣はショーの背中を守る位置でより詳しく通路の右奥をチェック、人がいないことを確認してショーのあとに続く。

 桔花はここまでずっと武器を持たず、無手ハンズ・フリーだ。丁字路の手前でARゴーグル越しに何かの操作をするような身振りをしたあと、手のひらを見つめてニヤリと笑みをこぼす。

 左の通路の奥がターゲットの旧陸軍資料保管室だ。

 不用心にも部屋の扉が半開きになっていて中の会話が聞こえる。

「早くしろ。まだ他のチームが残っているかも知れない」

「急かすなって。さっきみたいなトラップがあったらヤバいだろう」

「ちっ、急げよ」

 一人が奥の壁に据え付けられた金庫室のダイアルに器具を当てて操作をしている。

 もう一人がスチールの机を倒して遮蔽物を作り、小型のサブマシンガン型デバイスを構えている。

 会話に気を取られている二人をショーが背後から狙い撃つ。

 タンタンッ、タンッ

「ウッ」

 金庫に張り付いていた一人の肩口をショーの弾丸が穿つ。

 着弾と同時に麻痺術式が展開され、男が糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。

「てっ、てめえらッ」

 銃を構えていた男が遮蔽物に身を隠して反撃を開始する。

 タタタッ、タタタッ、ダララララッ

 あとがない相手は惜しみなくセミオートで水平に弾をばらまく。

 入り口の両側に身を隠して連射をやり過ごす漣が足元にしゃがんで射線を避けている桔花にアイコンタクトで合図を送る。

 うなずいた桔花が連射の切れ間を合図にクラウチングスタートで室内に飛び込む。

「うららららあぁっ」

 広くない室内を斜めに駆け抜け、壁を蹴って遮蔽物に隠れる男を頭上から襲いかかる。

「なっ?!」

 マガジンを交換したデバイスを肩口に構えようとしていた男が、真上を見上げてぽかんと口を開ける。

「露払いご苦労さま。それじゃあ、おやすみなさい」

 桔花は少女には似つかわしくない狂暴な笑みを浮かべ、猛禽の鉤爪のように広げた両手で男の頭部に掴みかかる。

「ぐぎゃあああ」

 顔面を鷲掴みにした手のひらから赤い雷光が迸る。

 男は白目を剥いて昏倒した。

 リーダーが戦闘の構えを解いて金庫扉に近づく。

「桔花、突入のときに声を上げる癖を直せといっている」

「ごめん、リーダー」

 会話をしながらも漣と桔花はてきぱきと作業を進める。

 ショーはバックパックを下ろして漣に渡したあと、薄く開いた入口の扉から廊下を警戒する位置に付いている。

 漣がバックパックからパーツを取り出し、金庫のダイヤルにアーム類を取り付けていく。桔花は金庫扉全体が映る位置に三脚を立て、ビデオカメラのような装置を設置する。

「ユナ、見える?」

感度良好オールグリーン、問題ないわ』

「始めてくれ」

了解ラジャー

 微かなサーボモーター音を立ててカメラの高さや角度が調整される。

 金庫のダイヤルに取り付けられたアームがぐぃんと動いて左右に目まぐるしく回転し、反響センサで内部の構造を探っていく。

『さすがにこの時代の金庫には電子制御の機構は付いていないわね。トラップもなし、と。解析終了。解錠します』

 アームがぐるりと回って十二時の位置に着く。一呼吸置いて右、左、右……とせわしなく回転する。最後にアームが八時の位置で止まると、金庫扉の奥からカチリと何かが噛み合う音が聞こえた。

 次に鍵穴に取り付けられたスティック状のパーツが動き出す。素早くガチャガチャと金属が擦れる音がした後、今度ははっきり、ガチンと鍵が開く音がした。

 漣がハンドルを両手で掴んでゆっくりと引き開ける。何十年もの間、密閉されていた金庫の中は陰圧になっているようで、開いた隙間からヒュッと空気が吸い込まれる感覚があった。

 漣は赤色の暗視補助ライトをつけて金庫の壁に磁石で張り付ける。

 桔花が手のひらサイズの黒い立方体を床に設置して操作すると、不可視の光が全周囲を撫でていく。

 センシングの光が通過した空間に水晶の結晶が集まったような群晶クラスターが姿を現す。

 半透明のそれは霞のように向こう側の景色を透かし見せており、朧げな輪郭を持つ宝石のようでもあり、空気が固まったはかない半存在のようでもある。

「へぇ、大量じゃない」

 それらの中心に台座のようなものがあって、台の上にひと際美しく輝く差し渡し十センチメートルほどの大きさの正十二面体の結晶があった。

 今回のターゲット、量子核晶クォンタムコアクリスタルだ。

「回収するぞ」

 量子核晶を用意したケースに収容すると、今度は床から生えている量子結晶体クォンタムクリスタルを収穫していく。こちらは副収入のようなものだ。

 量子結晶体クォンタムクリスタルは術式の燃料であり特殊なガジェット類を動かすための電池の役割を持つ。

 また、参加フィーとして()()に支払う必要があるので最低でも次回のレイド分以上は確保しなければならない。

 レイド参加者(レイダース)にとって、お宝(ターゲット)と同じくらい大事な獲物だ。

「こっちの資料はいいの?」

 桔花が金庫内の棚に並んだファイルのひとつを引き抜いてパラパラとめくる。

『近代戦闘における都市制圧の戦略的重要性を鑑み……』

 古い書体の漢字が並んでいて一目では何が書かれているのか分からない。

「今回のターゲットには指定されていない。下手に持ち出すと政府筋に目を付けられるかもしれんぞ」

「こわ。あたしはお宝だけでいいや」

 桔花は『都市制圧型戦略兵器開発費申請』と書かれたファイルをもとの位置に戻すと、棚から離れて金庫内に生えている量子結晶体クォンタムクリスタルの回収に専念した。


 4時10分 新宿三丁目某所


「お疲れさま」

「お疲れー」

 ハイタッチを交わす女性二人の姿がある。すでに装備を解いており、夜通し遊び惚けていた若者らしい身なりに変えてる。

「ねえ、レイドの結界って一般人は入れないはずよね?」

「ええ。でも物理的に排斥するわけじゃないの。認識に作用して無意識にエリアを避けるように働きかけているだけだから、百パーセント完璧ってわけじゃないわ。術式に対して抵抗力がある人とか、逆に術式にまったく反応しない鈍感な人が予期せずレイドエリアに入り込む事例は過去にもあったみたいよ。まあ()()も見張っているし、そんな事故はほとんど起きないけれどね」

「ふーん……。じゃあ、アレはきっと鈍感ってヤツね」

「何かあったの?」

「ん、いいえ、たいしたことじゃないわ……」

 明かりが落ちた電飾看板の下にいつの間にか男の姿があり、二人の会話が途切れる。

「そろったな」

「ショーさんは?」

「回収物を拠点に運んでもらっている」

「今回は楽勝だったわね」

「ランクCの依頼だからな。だが油断しすぎだ。次も同じように行くとは限らないぞ」

「はーい」

「次の予定は?」

「ランクBの案件が出るらしい。情報収集を開始してくれ。今回の事後処理は俺のほうで済ませておく」

「わかったわ」

「では、連絡はいつも通りで。解散」

 漣の台詞に二人がうなずく。

 その時点ですでに漣は姿も気配も消えていた。

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