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Ep2-16 レイド終了

灰羽派の異形の者を斃し、渋谷の地下で繰り広げられたレイドもついに幕を下ろす。勝利の女神が微笑んだのは――

「完全に炭化しているな。さすがにもう復活はないだろう」

 ショーが灰羽派の遺骸を銃床で叩く。カーンと澄んだ高音が響いた。この短時間で完全に水分が抜けて純粋な炭素の塊に変化したようだ。

「こいつはさしずめ『悪魔の遺灰』ね」

 角や関節肢を生やし醜く顔を歪めた姿はまさに地獄が似合う姿だった。

「さて、どうしたものかな。漣の話だと灰のほうは触れるのも危険な物らしいし」

「専用の容器がいるな。集塵機も」

「今から送ってもらって間に合うかしら。ユナ、どう?……あれ?ユナ、聞こえてる?」

 ユナ用の回線からはホワイトノイズが聞こえるだけだ。

「やーね。いつから回線が切れていたのかしら」

「仕方ない、ユナとのコンタクトはあきらめろ。それよりお客さんのご入来だぞ」

「えっ?」

 漣の言葉に振り向いた桔花の口がぽかんと開いて、一瞬表情が和らいだように見えたあとすぐにキリキリと目を吊り上げた。

「英太!それにレムハンの駄犬!今頃のこのこと何しをに来たのよ?」

「お宝をもらいに来たに決まってンだろう?」

 ケイタがヤンキーらしくポケットに手を突っ込んで近づいていく。

「はぁ?渡すワケないし。っていうか、どの面下げてあたしたちの前に出て来てんのよ?あんたたちのトライは失敗したでしょうが」

「アレはあれ、コレはこれだ。もしかして気づいてないのか?へぇ、あのキッカさんがねぇ」

「な、なによ。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」

「英太、言ってやんな」

 えっ?こんな険悪な雰囲気でいきなり振らないでよぉ。

 ニヤニヤするケイタときつく睨んでくる片梨さんの顔を交互に見る。

「あはは、いや、危なかったね。無事でよかった」

「はあ?見てただけのギャラリーに言われたって嬉しくないわ」

「だから見てただけじゃねぇって。おまえらの勝負の決め手になったのは、あの灰だろう?」

 ケイタが親指でくいっと祭壇を示す。

「だったらなによ。あんたには関係ないでしょ」

「それが、関係あんだよなー。『天使の遺灰』の封印を解いたの、英太なんだぜ?」

「そんなわけないでしょ、英太なんてまだ量子結晶体の使い方もマスターしていないシロウトじゃない」

「そこはまあ、レムナンツ・ハンズのチームプレイってヤツで補完したのさ」

「いえ、俺はたいしたことはしていません。術式はカサギさんが購入したものだし、それをトオノさんがガジェットに組み込んで俺が量子結晶体を集めて起動した、みたいな感じです」

「なにそれ?ケイタはまったく関与していないじゃない。えっらそうに言って」

「なんだとコラ。オレは英太を護ってやってたんだ。な、英太?」

「えっと、そう、でしたっけ?」

 いろいろ思い出してみてもあまり助けられた記憶はないような……。

「あーっはっはっは、ほらいわんこっちゃない。ちっとも役に立ってないじゃん。英太、こんな連中にかかわってないでこっちに来なさい」

「んだとォ、このアマ。やっぱ、一回わからせてやんないとダメみたいだな」

「はあ?言っておきますけど、一回負けたくせにわかってないのはあんたのほうだからね?」

「うっせぇ、リベンジマッチだ。かかってこいや」

「なんで一度負かした相手とやらなきゃなんないの?弱い者いじめは趣味じゃないわぁ」

「ムッカァ。女だからって今度は手加減しねぇかンなっ」

「あら、男は便利な言い訳が使えていいわねぇ」

 ケイタが顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいる。片梨さん相手じゃ口喧嘩は分が悪いって。

「まあまあ、ケイタ。落ち着いて。片梨さんもそのくらいにしておきましょうよ。まだレイドの最中なんでしょ?ですよね?カサギさん」

「英太の言う通りだ、ケイタ。ここで戦闘を始めたらマジでやりあう必要がある。せっかく話し合いで決着がつきそうなんだ。自重しろ」

「くっそー。そんなんばっかりじゃん。暴れたりねぇー」

 ガツガツと『悪魔の遺灰』を蹴る。

「へぇ、頑丈だねぇ。なにで出来ているんだろう?カーボンナノチューブかな?」

 そのとき、頭上からさっき聞いたばかりのボーイソプラノの声が響いた。

『やあやあ皆さん、ご苦労さま。見ていたよ。さすがにあれほどの力押しはボクたちには難しいからね。助かったよ』

 誰だ!と誰何する者はいなかった。ドーム型の天井からツイっと糸を垂らして金属でできたクモ型のドローンが十数体降りてきたからだ。

「ドローン……。OZか。だからユナとの通信が切れたんだな」

『初めましてかな?ノクターナルのリーダー。早速ですけど、「天使の灰」を回収させていただきますね』

「そんな勝手な!」

 黙り込む漣に変わって桔花が噛みつく。

『おやおや、皆さんは回収する手段を持ち合わせていないじゃないですか。直接触れないほうがいいですよ?「天使の灰」がどの程度の術式適性を活動の対象に設定されているのかはわかりませんからね。普段術式を使うのが苦手でも、ガジェットを扱い慣れている人なら十分対象範囲に含まれるかも。いやでしょう?手の先からじわじわと炭化していくのなんて』

「くっ」

 カサギさんも手も足も出ないようだ。

 チュイィィ、ピシューン

「わあああ、僕のドローンが……」

『いけませんねぇ。こっそりと抜け駆けしようだなんて』

 トオノさんが遠隔操作で何かしようと画策したみたいだったが、OZのクモ型ドローンから発せられたレーザーのような攻撃手段でヤモリ型ドローンは真っ二つになった。

 その間にも複数のクモ型ドローンが祭壇の上に降下してボディ下部に仕込まれた集塵機で辺り一帯を掃除している。

『そうそう、こちらのオブジェも回収しておきましょう』

 リヴィオの声に呼応してさらに数体のクモ型ドローンが『悪魔の遺灰』の周囲を囲むように降下してくる。

 ボディ下部が光って術式を起動する気配が広がる。

 すぐに効果が表れて、炭化した遺骸が白く変色し、輪郭がぼやけてくずれ落ちた。

「そんな。OZには術式を起動できる術師がいないんじゃ……」

『ええ、術師はいませんよ。ですがドローンで術式を再現する技術はあります。助かりましたよ。あなたがたに見せていただいたおかげて、ボクも『天使の灰』を制御するすべを入手できました』

「なっ」

 片梨さんが絶句する。

「おまえたちの前では術式の展開はなるべく避けた方がよさそうだな」

『そうですね。何せ、ボクはレイダースですから。盗み取るのは得意なんです』

「汚ねぇぞ!」

『おや、よく言うでしょう?レイドっていうのは事前の情報収集が重要なんです。十分な準備を整えた者が勝つ。レイドは始まる前から勝者が決まっているのですよ』

 くくく、と楽しそうな笑い声が響く。

『では、皆さん。素敵な一夜をありがとう。子供はもう寝ますね。おやすみなさい』

 無邪気な声音に悪意を潜ませたボーイソプラノの調べが地下礼拝堂のドームに残響を残して去って行ってった。


「くそっ、やられた。……帰るぞ」

 カサギさんはクモ型ドローンの去った先を一瞥すると気持ちを切り替えて言った。

 ケイタは憤懣ふんまんやる方無かたなしといった風情で地団駄を踏んでいる。

 トオノさんは両断されたドローンを見つめて涙にくれて……いるかと思えば、何やら切断面を観察しながらブツブツとつぶやいていた。

「この断面は高温のレーザーか……でもあのサイズにそれだけの出力を搭載する技術はまだ開発されていないはず……。あいつのドローンは術式を起動できた……となると術式を使って高出力レーザーを実現した?確かにそれなら少なくともエネルギー密度の課題は解決できる……ってことは、あらたな可能性も……これは研究せねば!」

 うん、何にせよ収穫があったようで良かったですね。


 ノクターナルも撤収準備を進めていた。

「ユナ?通信よろし?」

『接続良好。すみません、OZのDDOS攻撃に対処していて一時的に回線遮断を余儀なくされました』

「構わん。作戦は終了だ。撤収する。撤退ルートのナビゲートを頼む」

『了解。上に抜けるルートがあるわ。外に出るならこちらが最短よ』

「聞いたか。撤収する。桔花がルート確保。ショーが殿しんがりだ」

「「了解」」

 術式の力か、助走無しで一気に天頂部に空いた穴へと飛び上がった桔花が上からロープを垂らす。桔花は準備ができたことを示すために顔を出した際にちらりと英太のほうを見たが、英太は気づかなかった。


「俺たちはどこから帰るんですか?」

 カサギさんに聞いてみた。

 ノクターナルといっしょのほうが安全な気がするけど、ロープのみを使って登攀とうはんしていく姿を見るとついていけそうにない。

「少し戻った部屋に別の出口があった。そちらを試す」

 カサギさんに従ってもと来た階段を降りていく。やがて例のバックヤードに出た。

「お疲れさま」

「メイさん!」

「メイ、おまえまたバックレやがって」

 ケイタが突っかかる。

「収穫は?」

「……ねぇよ」

 が、あっさりいなされる。

「また骨折り損のくたびれ儲けだよ。僕はドローンを壊されるし……」

「ムフーッ」

「何だよ、その得意気な顔は……」

 メイさんが後ろに隠していたずた袋を引き寄せて口を開く。

 中には形の揃った量子結晶体が満杯に入っていた。

「これはこれは、ひと財産だな」

「ここ、量子結晶の宝庫。取り放題」

「ターゲットは逃したがこれなら十分黒字だ。助かる、メイ」

「帰り道、こっち」

「へえ、量子結晶を集めながら退却ルートも探してくれていたのか。頭が上がらないなあ」

 もっと敬えとばかりに胸を反らすメイさん。

「くっそォォ、いいところ無しだぜ。やっぱりオカルトは嫌いだーっ!」

 ケイタの絶叫が古い遺構に木霊した。



そして世界は何事もなかったような顔で新しい一日を迎える――

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