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Ep2-15 教会の聖遺物

ノクターナルと灰羽派の戦闘の裏で暗躍するOZに導かれるようにして術式を起動したレムナンツ・ハンズ。戦いは最終局面に突入する――

 灰羽派の使徒の変態は本人がうたううような天使への進化ではなかった。

 それは醜く歪んだ人の欲望を具現化したかのような異形の姿だった。

 だが、その再生能力は本物だ。どれだけ傷を負っても、肉体を破壊され焼かれても、自身のものを含めて周囲に苦痛がある限り再生する。

 さらなる力を求めて際限なく苦痛をばら撒く人外の存在と成り果てていた。

「高次元情報体の受肉が最悪の形で再現したか」

 漣が思案気につぶやく。

 今回のレイドを受託するにあたって教皇庁が曖昧にしている聖遺物についても可能な限り掘り下げて調査した。カルト団体が過去に何をしようとして教会に潰されたのかも調べがついている。目の前のロスト・アセットが天使の遺灰などではなく高次元情報体を封印した物であることも、聖遺物がどのように作用して封印として機能するのかも。

 封印を再起動する術式が最近開発されたという情報もつかんでいる。だが、肝心の術式は手に入れることができなかった。

「教皇庁はここまでの事態を想定していたのか?いや、違うな。灰羽派に利用されたか。いずれにしろ運営がこの状況を座視するはずがない。タイムアップと同時にここら一帯、我々ごと結界に封じ込めて臭いものに蓋をするだろう。さて、どうしたものか……むっ?」

 そのとき、術式が起動される気配が周囲に満ちて、漣は警戒の態勢をとった。

 未知の術式だったが攻撃性のものではない。

 自分をターゲットにしたものでもない。

 が、すぐそばで物理的な変化が観測された。

 激しい戦闘のさなかにも傷一つ付かなかった『天使の遺灰』が、色を失い輪郭が滲んだかと思うとザァッと崩れ落ちる。あとには白い灰の山が残された。

「そこにも潜んでおったか。要らぬことを」

 頭上に浮かぶ人外の者が背後の扉を振り返る。

 変態を遂げてから寸毫すんごうも動かずこちらをいたぶるような攻撃を加えていた敵が、まるで祭壇から身を庇うかのように一歩引いた。

 祭壇から逃げた?

 いや、灰の山を脅威と見たか。

 漣が灰の山に目をやる。

 先ほど放たれた術式が封印を再起動するものだったのか?

 それにしてもタイミングが良すぎる。一体誰が?

 連続する思考が漣の脳裏を駆け抜ける。

 だが今はこの一手にかけるしかない。

 そう判断し、肩にかけたアサルトライフル型デバイスを下ろして祭壇に近寄る。

 タクティカルグローブで保護された右手を灰の山に突っ込んで手のひらに取る。

 ズクン

「むうっ?!」

 劇薬にも耐性があるはずのグローブを透過して灰が漣の手のひらを侵食する。

「これは……。高次元情報体を封じる……そういうことか」

 自分の手が指先から急速に白い灰に冒されて炭化していくのが分かった。

 これはただの灰ではなかった。術式が組み込まれた一種のナノマシンだ。細胞レベル、いや分子レベルで作用し、漣の肉体から水素と酸素を分離していく。

 灰は触媒のように触れた有機分子を変容させ、先へ先へと侵食していく。たとえ手のひらひとつかみ分であっても、どんどん侵食していずれは体全体を炭化させるだろう。

 時間がない。

「ショー、やつの胴体に全弾叩き込め。桔花、俺に防御結界シールドを。特攻をかける」

「「了解」」

 ズガガガガガガガッ

 ショーのアサルトライフルが赤熱する弾丸の奔流を吐き出し、敵の腹部に風穴を開ける。

「何度やっても無駄なことよ」

 穿うがたれ、血飛沫とともに肉片を巻き散らした背中がぼこぼと蠢動し、いびつな突起を形成する。ふしのある肉芽が何本も伸び出して、柔らかい表皮が空気に触れると同時に硬化し赤茶色の殻に覆われた状態に変化していく。

 人外の者の嘲笑を無視して漣が脚力を増強する術式を起動する。

 床を蹴り、空中の敵に肉薄する。

「生身の体に神の福音を刻んでやろうぞ」

 嗤いながら背中から生えた甲殻類の脚を広げて漣を包み込むように襲いかかる。

 懐に入り込んだ漣が右の抜き手を再生しつつある腹部の穴に突き込んだ。

 漣の右腕はすでに肘のあたりまで黒く変色している。

「無駄だと言って……むぐぅ、きさま何をした。こ、これは……」

「教会がきさまらに授けた聖遺物だ。ありがたく拝領しておけ」

「むがあっ、離れよ!」

 はさみを形成した脚が漣の右腕をつかみ、ねじ切ろうとする。

「ぐくっ」

 漣はコンバットナイフをひらめかせて、己の右腕を切り落とした。

 人外の者との結合を解かれた漣は落下しながらも姿勢を制御して足から着地した。

「漣、腕が!」

「構うな、壁際に退避させるのが先だ」

 ショーの的確な指示に、出血する漣を二人で抱えるようにして壁際へと引きずっていく。

「止血と、ショック症状の対処術式を」

「わかったわ」

 桔花が青ざめた顔でそれでも気丈に振舞って漣の傷口に手をかざし、いくつかの術式をかけていく。出血が止まり、漣の冷や汗も収まっていく。

「祭壇の灰に触れるな。とくに桔花。アレは術師の天敵だ」

「どういうこと?」

「教会が開発した退魔用兵器だ。が、術式に適性のある者を無差別に侵食する仕組みのようだ。人外には特攻だが一部の人間にも致命的な作用を及ぼす」

「なによそれ。あたしたち術師とあんな化け物を同じ扱いにするなっての」

 桔花が憤慨する。

「だが今回は助かったな。見ろ」

 ショーが警戒して向けている銃口の先で、いつの間にか地に落ちていた灰羽派の怪人がのたうち回っている。

「なんだ、これは。再生が効かない。体が侵食される。苦痛を、苦痛をよこせ……」

 腹から四肢の先端に向けて血管がどす黒く変色し、次第に皮膚の表面に向けて変色が広がっていく。

 腹に残してきた漣の右腕はすでに炭化した棒状の物体に変化している。

「漣の腕が……」

「ああ、切断して正解だったな。下手するとあのままあいつと一体になって炭化するところだった」

「いやよ、そんなの」

 桔花が怖い想像に負けて少女の顔に戻って涙をこぼす。

「俺は大丈夫だ。それよりもまだレイドは終わっていない。気を抜くな」

 頭にぽんと置かれた左手を嫌がることなく受け入れる。桔花はぐいと涙をぬぐって、いつもの気丈な表情に戻った。

「まったく、ここまでしたんだらかお宝は絶対にゲットしないとね」

 くひゃぁ……

 三人が見守る前で、灰羽派の怪人は悲鳴ともため息ともつかない吐息を残して黒い燃え滓のような石像になり果てた。

ついに決着した灰羽派との戦闘。勝利の栄冠はどのチームの頭上に輝くのか――

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