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Ep2-11 灰羽派

ついに最奥部へとたどり着いたノクターナルは襲いかかる群衆に銃弾の雨をお見舞いする。だが倒したはずの敵が際限なく復活し――


 灰羽派の信徒は全員痩せ細り、ほおのこけた貌に虚ろな視線を浮かべていた。

 全員が頭髪が無く、頭頂部から顔面、体へと筋状のボディペイントをしている。特徴のない没個性的な風貌のせいで気づかなかったが、よく見ると女性らしき人影も含まれていた。

 全員がひび割れて黄色く変色した爪を掴みかかるように広げて、よたよたと礼拝堂の中心に向かってくる。

「ここがゴールらしい。全員倒すぞ」

「了解」

 漣の号令に呼応してショーがアサルトライフル型デバイスの引き金を引く。背中合わせに立つ漣も同様に反対側の扉に向けた銃口を左右に振って銃弾をばら撒く。二人の水平掃射は薄いローブをまとっただけの信徒の体を後方に突き飛ばし、よたよたと力なく歩み寄る群れを容赦なく打ち倒していく。

 だが、数が多い。

 前列を処理してもその光景に怯えることなく、すぐ後ろの群れが歩み出てくる。

「こいつら、麻痺術式が効いていない。倒してもすぐに起き上がってくるぞ」

 信徒の群れは無限に湧き出すかのように迫り、その圧力は減るどころが次第に強くなってくる。


 レイド用の銃弾はゴム弾頭になっていて殺傷力を低減させている。その代わりに弾頭に仕込まれた麻痺術式が相手の行動の自由を奪うのだ。レイドが非合法の活動とはいえ現代で成り立っているのは、法治国家日本としての最低限の線引きを守っているという事実に負うところが大きい。

 だがゴム弾頭という名称に惑わされてはいけない。レイドで使う弾丸の先端は実際には柔らかいゴムではなく、むしろ硬化プラスチックと呼ぶ方が正しい素材でできている。弾丸が皮膚を切り裂いて肉体を貫通することはないが、逆に言うと射出された弾丸の持つ運動エネルギーがすべて肉体に伝わるということだ。至近距離での衝撃は時速百五十キロメートルの剛速球数発分に匹敵する。

 レイドチームが装備する防護スーツはその衝撃をある程度拡散して肉体へのダメージを軽減させるが、灰羽派のまとうローブではそのような効果も期待できない。通常であれば、ゴム弾一発を胸に受けただけで身動きできなくなるはずだった。

 だが、連中はむくりと起き上がって新たに戦列を構成し向かってくる。いや、むしろ虚ろだった目を血走らせ、細い腕に力をみなぎらせて迫ってくるのだ。

レイド参加者(レイダース)じゃないな。敵性勢力と見なして排除する」

「了解」

 突出してきた信徒にフルオートで弾を叩き込む。

 しかし数発程度ではすぐに跳ね起きてきてそれまでよりも倍加した速度と迫力で殴りかかってくる。それを見たショーはさらに弾丸を集中的に撃ち込んだ。

「なんだ?こいつら、倒れるほどに強くなってきやがる」

「だが無敵ではないようだ。一定以上のダメージを与えれば動かなくなる」

 そういいながら漣がフルオートの連射タイミングを調整して一人ずつ確実に敵を倒していく。

「とはいえ、一人ずつでは埒があかん。桔花、フラッシュだ。最強強度で頼む」

「任せて。カウントスリーで行くよ、しっかり目をつぶっててね!」

 三人がヘッドギアに内蔵されたゴーグルを下ろす。

 続けて桔花が左腕のギアの内側にあるキーを素早く叩く。

「スリー、ツー、ワン、閃光術式フラッシュ!」

 桔花を中心に礼拝堂の中にありえない光量の閃光が溢れる。

「ギャーッ」「ヒィィーッ」

 閃光を直接目にした灰羽派の暴徒が悲鳴を上げて目を掻きむしる。

 攻撃の圧力が減った瞬間を狙ってノクターナルが弾倉マガジンの交換を行う。

 だが、足止めができたのはほんの数秒にすぎなかった。

「なっ、こいつらどうなってやがる!」

 訓練された兵士でも数十秒間は行動不能になる強度の閃光だ。鍛えられていない一般人ならしばらくは身動きもできず戦意喪失するはずだった。

「フハハハ、苦痛こそはしゅ福音ふくいん。信仰の源なり」

「汝、しゅつかわせし試練の使徒よ。我らに苦痛を与え、さらなる高みへと導くがよい」

 頭上のアルコーブに立つローブ姿の怪人たちの言葉が礼拝堂に響く。

 ガァァァッ

 目眩めくらましから復帰した信徒の一人がショーにつかみかかる。

「くっ、こいつ」

 筋肉量で言えば数倍はあろうかというショーが鷲掴みにされたアサルトライフル型デバイスを奪われまいと必死に踏ん張る。

「ちえぃっ!」

 拮抗する体勢からショーが体を入れ替え相手の腕をねじ上げる。片足を上げ、コンバットブーツで踏みつけるようにして灰羽派信徒を引き剝がし、至近距離からの銃撃で黙らせた。

「打撃の痛みだけでなく、閃光による苦痛でも強化されるのか。厄介だな」

 同様に敵を処理しながら漣がつぶやく。

 前線を飛び回りながら信徒の頭部に直接昏倒効果のある術式を叩き込んでいた桔花が戻ってきて言った。

「直接意識を奪う術式も無効化されるわ。あいつらの体には術式は効かないみたいね」

 どうやらあの肌の刺青が術式無効化の結界になっているらしい。

 より高位の、つまり破壊力の高い術式を使えば結界を突破できるが、桔花の持つ術式レパートリーでは連中を消し炭に変えてしまうレベルのものしかない。殺人は避けたかった。

「どうする?これじゃ、ゾンビ映画だ」

「あたし、素早く走るゾンビって嫌いよ」

 桔花がそういいながら漣から借りた拳銃型デバイス(サブウェポン)で敵の脚部を狙い撃つ。足にダメージを負った信徒はしかし、這いずってこちらに迫ってくる。

 ノクターナルは次第に祭壇のある一角へと追い詰められていた。

「苦痛には耐えられても生理的な麻痺には対抗できまい」

 漣がショーに合図を送ってしばらく牽制を任せる。

「何をする気?」

 下ろしたバックパックを覗き込む桔花。

「連中のトラップをそのまま使わせてもらおう」

「なるほど、了解。じゃあ、部屋全体をいい感じで温めるわね」

「頼む」

 漣はタクティカルグローブの手をバックパックに突っ込んでドライアイスをつかみ取り、信徒の群れの中へ次々と放り込んでいく。

「いいぞ」

 桔花が手首のギアを操作して待機状態にしていた術式を発動すると、ドライアイスの落下地点周辺が不可視の光に包まれた。

 敵集団のいる一段低くなったエリアが急速に温められてドライアイスが瞬時に気体へと昇華する。

 足下から立ち昇る二酸化炭素の蒸気を吸い込み、ゾンビもどきの群れが次々に昏倒していく。

「おお、おおぉ……」

 アルコーブの怪人たちが体を震わせる。

「すばらしいッ。窒息の苦悶が、酸素を求める細胞の苦痛が感応する……」

「甘露よ、甘露」

 身をくねらせ、自分で自分を抱きしめるようにしていた怪人たちが歓喜の声を上げる。

「こいつら、味方の苦痛を喰らっている?」

 桔花が気味の悪そうに吐き捨てる。

しゅの福音が我らに力を与えたもう」

 ローブの背中がもぞもぞと顫動せんどうする。

しゅの御姿が見える。ああ、ああ、神の国は近い……」

 滂沱の涙を伝わせた顔を上げて頭上の一点を見つめる。

「ああああ」

 感極まった絶叫と同時に、灰色の翼がローブを貫き現れた。

「試練の使徒よ、しゅが遣わせし生贄よ、福音をとくと我らに聞かせたまへ」

 厚みのある大きな翼がばさりと打ち振るわれ、怪人の体が宙に浮かぶ。

「全員散開!」

 カカカカッ

 三人の立っていた場所に灰色の羽根が突き立った。


高みから傍観を決め込む怪しい男たちがついに動き出した。人であるはずの彼らの背中には灰色の翼が――

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