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Ep2-9 炭鉱のカナリア

地下共同墓地から施設の裏側に回り込んでターゲットを目指すレムナンツ・ハンズは工場のような場所にたどり着く。一方、荊の罠をくぐり抜けた桔花は前進しつつも消耗が激しく――

 ***


 拷問部屋のような不気味な光景を数部屋分過ぎると、何やら工場の裏側のようなところに出た。奥に向かって縦長の大部屋で、天井には大小無数の配管が通っている。部屋にはいくつか大きな装置が置いてあり、手前の棚には何かの原材料を収納したケースが並んでいた。

 装置には電力が通っていて作動中のようだ。のぞき窓のような隙間から明るく熱を感じさせる眩しい光が漏れており、排気設備が稼働していることを示すファンの振動が不協和音を奏でている。

 人の気配はない。

 もともと無人の設備というより、先ほどまで大勢が作業していた空気がある。ただ、慌てて逃げ出したわけではなく、作業を終了して撤収したような感じだ。

 その証拠に棚のケースはきれいに整頓されている。

「バックヤードのようだな」

 カサギさんの印象も俺と同じのようだ。

 ケースのひとつを引き出して覗き込んでいるトオノさんが声を上げる。

「骨ですね。きれいに洗浄されている感じだ。さっきの地下共同墓地カタコンベとは違ってこちらの骨は何かの加工に使う材料みたいだね」

「ホトケさんを材料に使うなんざ、罰当たりな連中だな」

「人骨とは限らないよ。材料として集めるなら牛や豚の骨のほうが手に入りやすいし……あ、鎖骨だ」

 なんの骨だったとしても見たくないよね。しかもこんなにたくさん……。

「骨を燃やしているのか。しかし、こんな特殊な機械に術式を使ってまで一体何をしているんだ?ここの連中は」

 カサギさんが覗き込む窓からは白熱光を放つ魔法陣にあぶられる骨の山が見える。

「あのー、ここって廃墟なんですよね?なんでこんなに活動の痕があるんですか?」

「んなの、連中がまだくたばってねぇってことだろ?」

「そうだね。これだけ明確な活動実態があるんだから、過去のカルト団体っていうのが実は全然現役ってことなんでしょ」

「レイドって、他の参加チームと競い合うものなんじゃないんですか?」

「その通りだよ。でも会場によってはそれ以外にも障害物はある。ここでは僕たちが侵入者で先住者がいたら反撃もあるよね。正当防衛だし」

 えぇ……。ちょっとリアル寄りの宝探しプラス鬼ごっこくらいの認識だったんだけど。

「まあ、ランクBでもここまでヤバ目の案件はそうそうないかな。ちょっと読みが甘かったかも。ゴメンね。てへぺろ」

 そんなあ。いっしょについてきてちょっとボタンを押すだけの簡単な仕事っていったよね?

「そう情けない顔すんな。安心しろ。オレがしっかり守ってやっからよ」

 いや、でもケイタってお化け系には攻撃手段がないでしょ。

「トオノ、こいつを見てくれ」

 別の装置の端に置かれた金属製の密閉容器を開けて手を突っ込んでいたカサギさんが呼んだ。

「何だと思う?」

「生石灰ですね。だから地下なのに乾燥しているのか」

 そちらのエリアには骨を燃やした生成物を詰めた缶がたくさん並んでいる。

「カルト団体の内職にしちゃあ、ずいぶんとまともだな」

「ですね。材料が人骨じゃなければ、だけど」

「出口、こっちみたいだぜ。いこうぜ、リーダー」

 観察に飽きたケイタが出口の階段を見つけて声を掛ける。

 でもさっきの話だとそっちにはカルト団体の人がそれこそ団体でいるんだよね?

「英太は一番後ろだ。なあに、人間相手ならオレ様は最強だ。大船に乗った気でついてこい」

 そうして俺たちは長い階段をのぼっていった。


 ***


 ノクターナルの三人は長い廊下を走っていた。

 今までの狭い通路とは違い、三人が横並びでも動けるくらいの幅がある。

「息が切れるわね」

 桔花は自分が考える以上に消耗していることに違和感を感じた。ここまでそれなりに体は使ったが、激しい戦闘をしたわけではない。

 一番身軽で一番若い自分が最初にへばってしまうなんてプライドが許さないわ。

 そう思いながらも、だんだん手足が鉛のように重く感じられてくる。

 メンバーのバイタルサインを監視しているユナが、桔花の荒い呼吸と心拍数の増加を検知して手早くセンサーの値を確認する。

『酸素濃度は通常値よ。有毒ガスの成分も感知されていないわ』

 地下の密閉空間である。人工物の中だとはいえ、炭鉱のように有毒ガスが充満する可能性は考えられる。敵性勢力が存在するならなおさらだ。

「大丈夫よ。平気。狭いから息苦しく感じるのかもね」

『……ちょっと待って、二酸化炭素濃度に異常あり。2,000ppmを超えているわ』

「全員止まれ。ユナ。詳細報告を』

 漣の号令で全員が通路の真ん中に立って周囲を警戒しつつユナとの通信に耳を傾ける。

『一分前から二酸化炭素濃度の上昇が記録されています。現在も緩やかに上昇中。廊下は一応密室ではないからすぐにどうこうということはないと思うけれど、このまま二酸化炭素濃度が上昇を続けるとヤバいわね。頭痛、めまい、吐き気などの窒息症状が出て最終的には意識障害を起こす危険性があるわ』

「窒息か。厄介だな」

 さすがに酸素ボンベの用意はない。標準装備のマスクには防塵機能とある程度の有毒ガスの除去機能を持たせているが、二酸化炭素は対象外だ。

『二酸化炭素は酸素よりも重いから閉鎖空間では床に近いところに溜まるわ。少し高い位置で呼吸をすれば桔花の症状も緩和できると思うけれど……。ごめんね、桔花。データはあったのに気づかなくて……』

 現場に参加していないユナにとっては収集したデータこそが戦場なのだ。そこでのミスは本人にとっても忸怩じくじたるものがある。

「あら、ユナったら失礼ね。あたしがチビだって言いたいの?」

『そういうわけじゃ……』

「冗談よ。大丈夫、ショーにぶってもらうわ」

「ああ、任せろ。ウチの娘よりも軽いくらいだからな」

「むっきー、あたしの体が小学生並みって言いたいの?失礼しちゃうわ。さすがにもう少しは成長しているわよ」

 そういいながら体の線がはっきりと出ているプロテクティブスーツの慎ましやかな胸部装甲を見下ろす。

「それだけ元気なら回復したようだな」

「で、どうする、漣」

「閉じ込められない限りリスクは小さいだろう。ここで引き返すということはレイドをあきらめるということだ。もう少し先まで行ってから判断しよう」

「了解だ。そら乗れ、桔花」

「ふん、重くても後悔しないでよね」

「ほほぉ、確かにウチの娘よりは重いな」

「し、失礼ね」

「こら、暴れるな。酸素が減るだろう。まったく、軽くても重くても文句を言うんだな」

『そもそも女性に対して体重を話題にすること自体、デリカシーがないのよ。娘さんに嫌われたくないなら気をつけることね、ショーさん』

「へいへい」


二酸化炭素ガスが充満する通路の先にあるものは――

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