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Ep2-8 荊の籠

外回廊のギミックをクリアした桔花たちノクターナルを次に待ち受けていたのは――

 桔花を先頭に廊下を進む。すぐに広くなった場所に出た。

「なんだかイヤな感じね」

 部屋の正面には緩いカーブを描いた鉄の扉がある。扉の上には頭巾を被った女性の顔のような面が掲げられていた。扉の前の床には赤黒い飛沫が染みになってこびりついている。

 人の気配はない。

「明らかに罠よね」

「ああ、そうだな。だが入り口はここだけだ。入るしかないだろう」

 扉を調べていた漣が脇にあったレバーを引く。

 キリキリキリ……

 どこかで鎖が巻き上げられるような音がして、鉄の扉がゆっくりと開く。

『うわー……、悪趣味』

 漣のヘッドギアに内蔵されたカメラ越しに見ているユナが思わず感想を漏らす。

 扉の内側には長さ十五センチの鋼鉄製のとげが何本も突き出ている。

 中は差し渡し六メートルほどの円形の部屋になっていて、壁も床も天井も鉄で出来ている。扉の内側だけでなく、円形の内壁にもびっしりと刺が生えていた。

「あたし、こういう拷問道具、知ってる」

「ああ。あちらは一人用だが、こっちは団体様用みたいだな」

 ショーが珍しく軽口を叩く。

「殺傷が目的ではなさそうだな。不衛生だが、毒は塗られていないようだ」

 とげの先はわざと鈍らせてあるようで、手を押し付けた程度ではさらないようになっていた。

「となると、闘技場か何かかねぇ」

「ここでこうしていても埒が明かない。入るぞ」

「了解」

 中に入ると意外とがらんとしている。鉄製の床が思ったよりも滑りやすい。

「出口はないみたいね」

 警戒しつつ部屋の周囲を見て回る。漣が言う通り、刺自体は自分から体当たりでもしない限り刺さりそうもない。

「四角い部屋なら壁が迫ってきて――みたいなトラップもありそうなんだけどね」

 三人が円周上にちょうど等間隔に広がったときだった。

 ガコン

 どこかで機械のスイッチが入ったような音が響く。

「入り口!」

 入ってきた扉がゆっくりと閉じる。

 一番近い漣ひとりならなんとか駆け込むこともできたが、一番遠い桔花と装備の重いショーは間に合わない。三人が見つめる前で扉ががっちりと閉じた。

 ゴゥン…ゴゥン…ゴゥン…

 重いものが回る音。続いて、ガキャッと歯車が噛み合う音がして、床が揺れる。

「きゃっ」「おっと」

 急な横揺れに足を取られそうになる。

「回転してる?」

 ゆっくりと、だが確実に速度を上げながら部屋全体が回転を始めていた。

「まずい、全員中央へ走れ!」

 漣が叫んで中央に向かって動き出す。

「えっ?」

 一瞬、理解が遅れた桔花が出遅れた。

「わ、わ、わわわ、わぁー」

 床の回転がどんどん加速する。すでに立って走るのは難しい速度になっていた。

 部屋の中央では漣とショーがライフルの肩ひもを連結して即席の懸垂バーを作って腹這いになり、回転の中心を挟んで両側にバランスを取りながらつかまっている。

 四つん這いになった桔花の体が、ずずずっと壁のほうに滑り始める。

「早く中央へ。そのままだと壁に叩きつけられるぞ」

 桔花のツインテールが揺れて思わず壁を振り返る。

 先ほどまではなまくらに見えた鋼鉄の刺が、今は大口を開けたホオジロザメのあぎとに思える。

 殺傷が目的じゃないなんて嘘じゃない!

 そんな文句を言っている場合ではない。

 中央に向かおうとしてそろりそろりと這う手足が、ずるりと滑ってさらに壁に近づいてしまう。

「桔花、回転に逆らって走れ!」

「え?どういうこと?」

「遠心力を相殺するんだ。床と同じ速度で逆方向に走れば、遠心力は働かない」

 なになに?なんで?もう、わけわかんないーっ!

 物理科目は決して苦手ではないが、極限状態では漣の指示には理解が及ばなかった。だが、リーダーの指示に従うという訓練された本能が勝つ。

「だあぁぁぁぁっ!」

 立ち上がり、回転と逆方向に壁に沿って走り出す。

 少しずつ膨らんで近づいてくる壁の刺をあえて無視して、ひたすら加速していく。

 脚を滑らせたらそこで終わりだ。

 だけど。

「走ることなら、得意なんだからっ!」

 次第に床の速度に同期していく。すると漣の言う通り、壁に向かって膨らむ力が弱くなる。そのまま床の速度に合わせて走りながら、少しずつ中心へと舵を切っていく。

「そのまま俺のバックパックにしがみ付け」

「たぁーっ!」

 桔花の重みがプラスされた分少し漣の体が壁に近づくが、重量的にはこの方がショーとバランスが取れるようでようやく体勢が落ち着く。

 回転の中心を挟んでお互いにぶら下がる形で何もない床にしがみ付く。

「で、これからどうするのよー」

 ぐるぐると回りながら、止まる気配のない部屋に目をやる。

 ショーも漣も鍛えられているから体力的にはさほど問題はないが、あまり長く回っていると血流が末端に集まって脳貧血の症状を起こす危険性がある。

「一つ試したいことがある。バックパックから赤いラベルのパックを出してくれ」

 桔花が一番軽いので遠心力の影響を一番受けにくい。ごそごそと動いて漣のバックパックを探る。漣のバックパックは中が保冷箱になっていて、複数の液体のパックが入っていた。

「あった。結構入っているわね。これをどうするの?」

「封を切って壁に向けて中身をくんだ」

「こうね」

 桔花がパックの口を開けて足下に向ける。遠心力に引かれるようにして赤紫色の液体が弧を描きながら壁へと注がれていく。すぐに変化が現れた。

 ぶちまけられた液体が壁に刻み込まれた細い溝に沿って滲みるように広がっていく。はっきりと見えないが何かの文字のようだ。

「残りのパックも全部ぶちまけろ」

「了解!」

 バックパックに入っていた液体のパック合計五本分を壁に向かってぶちまける。

 液体の滲みが描く文字が壁全体に広がり、すべてがつながった瞬間、光を放った。

「あれって魔法陣だったの?術式が起動した?」

 桔花の疑問に答える者はいなかったが、床の回転が次第にゆっくりになり停止したことでそれ以上の詮索は不要になった。

「ふう。さすがに目が回ったな」

 ショーが少しひざまずく姿勢で感覚が戻るのを待ってから立ち上がる。

「すぐに出よう。また動き出したらもう止める手はない」

「ひっ。恐ろしいことを言わないでよ」

 部屋の停止と同時に開いた出口に三人で固まって向かう。ショーと漣が左右のクリアリングを行い、続いて桔花が部屋を出る。

 そこは入ってきた場所とそっくりの空間だったが、扉の上に女性の顔のモチーフが無かったので別の出口であることが分かった。


 幸いにして敵の気配はなく、休息をとることにする。

「ねえ、さっきの液体は何だったの?」

「あれは人工血液だ」

『なんでそんなものを?』

 状況をトレースしていたユナもどうやってギミックを解除したのか興味深々だった。

「この教会では昔、血の儀式を執り行っていたという噂があったからな。念のために大人一人分相当の人工血液を持ってきたんだ」

「へぇ。さすがリーダー、って言いたいところだけど、そんなことを思いつくなんて漣ってもしかしてそっちの気があるんじゃないの?」

「そうだな。流派にもよるが、魔術的な儀式には血液を使うものも多い。術式の記述にも人間の血液を使ったほうが効果が高まるという研究結果もある。可能なら、常に血液を使いたいところだ」

「うぇ、そこは否定してよ。それじゃ、マッドなサイエンティストみたいじゃない」

「合理性の話をしたつもりだったんだが、不快にさせたならすまない」

『はあ、もう。漣はそういうところ、治さないとだよ』

「……ああ、善処する。さあ、そろそろ行くぞ」

「「了解」」

リーダーの機転でギミックをクリアし、ノクターナルは最奥部へと進攻する――

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