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Ep2-7 天使と死神(2)

落とし穴の底から脱出を試みるレムナンツ・ハンズを待ち受けていたものは遺骨のひしめく地下共同墓地だった――

 床に大量に骸骨が積み上がっていたのは最初のところだけだった。あとは天井の低い通路の左右が扉の無い霊安室のようになっていて、棚の上に何体もの骸骨が寝かされている光景がひたすら続いている。

 やがて通路が公園の鉄棒ほどの太さの鉄格子に阻まれた場所に出た。

 アーチ型の入り口をふさぐように取り付けられた鉄格子はいわゆる落とし格子になっている。格子の間から見えるその先の部屋には骨は見当たらず、一般人に過ぎない俺にはようやく不気味な墓場から出られるという思いにほっとする光景だった。

「開けるぞ」

 落とし格子の左右にカサギさんとケイタが取り付いて腰を落とす。

「いっせーのぉせっ」

 ガラガラガラ。

 古い設備の割にはスムースに開く。誰かが手入れをしているのだろうか。

 カサギさんとケイタが押さえている間にトオノさんとメイさんが中に入る。

 俺も二人に続く。

 骨は見当たらないのに、なぜかさっきより不気味な空気が漂っている。

 相変わらず地下の割に乾燥していて助かるが、床は何やらどす黒いもので汚れていた。壁も高い位置までどす黒い滲みが広がっており、部屋の隅には何か干からびた塊りが落ちている。

「こいつは、やばいな」

 落とし格子を閉じて合流したカサギさんがつぶやく。

 えーと。さっきは見たこともないほど大量の骸骨があったのに?何もないこの部屋のほうがヤバいの?

「上だ」

 全員が一斉に上を見上げる。段階建ての吹き抜けくらいの高さがあり、天井は暗がりで見えない。

 何かが闇の中で揺れている。天井からぶら下がっているようだ。

「来るぞ!」

 チャリチャリチャリリリ……

 鎖が擦れる音がして、天井から実体のない何かが襲いかかってきた。

 それは広間にいた灰色の影と似て、ボロ布をまとった人影のようでもあり、ただの塊のようでもあった。

 目でとらえても上手く視認ができないのは実体が無いからだろうか。

 ギリギリのところで突進を避ける。

 実体のない細い手が俺の肺のあたりを薙ぐようにして通り過ぎる。

「はうっ」

 手が通り過ぎるときに肺の中の酸素が一気に持って行かれたように息が詰まり、体力をごっそりと持って行かれた感覚が全身に広がる。

 隣からガキンと金属同士がぶつかる音がする。

「ちっ。こいつら、実態がない癖に鎖を使いやがる」

 ケイタが敵の鎖攻撃をガントレットで弾いた音だ。

「トオノ、調整は?」

「無理無理むりぃぃ。俺も、避けるので、精いっぱい、だよぉ」

「ちっ、メイ、サポート……って、いない。逃げたか」

 いつの間にかメイさんの姿は消えていた。この化け物に連れ去られたんでなければいいんだけど。

「くそっ、数は多くないが攻撃手段がないんじゃ、ジリ貧だ」

「こういうとき、術師、不在の、チーム構成は、致命的、だよねっ」

「こなくそ、降りて来やがれ!」

 わー、やっぱりダメじゃん。オカルト、向いてないんじゃん。なんで余裕だったのこの人たちぃ。

 耳をかすめた鎖を大袈裟に避けたせいで足を滑らせる。尻餅をついた目に天井の光景が飛び込む。

 天井の梁からつるされた鎖にボロ布がぶら下がっている。

 それらのひとつがくるりと向きを変えたとき、ボロ布の間から骸骨がのぞいた。

「ヒュッ」

 俺の喉からは悲鳴ではなく息を飲む音しか出なかった。

 知覚が広がり、時間の流れがゆっくりになる。俺の意識が、この部屋のすべてを把握した。


 鎖から下がる干からびた死体。

 床や壁に広がる赤黒い滲みは大量にぶちまけられた血液が乾いた痕だ。

 部屋の隅に転がる塊は人間の腸の残滓。

 壁にかけられた白いタペストリーは人の生皮を剥いで張り付けたものだ。

 死神。

 鎖の先の鉤針かぎばりを操るのは落ちくぼんだ眼窩にワインの澱のような赤黒い光を灯した骸骨の幽鬼。


 朧げな靄が鮮明な輪郭を取り始める。

 ピキピキビキピキ

 手を突いた床から白い薄氷が広がり、放射状に結晶体が生える。

「なんだ?こいつら、急に攻撃が。こんにゃろォ!」

 実体化した死神の鎌がケイタの頸を狙って空を薙ぐ。

 迫る凶刃をものともせずにケイタが懐に飛び込み、ボロ布の胸部に正拳を打ち込む。

 バキッ

「当たった?カサギさん、こいつら、攻撃が当たるぜ!」

「む?」

 すぐにリーダーがアサルトライフル型デバイスを構えて向かってくる死神を撃つ。

 銃弾を受けた骸骨が砕けて床に落ちる。

「やーっ」

 タラララララッ

 軽快な音を立ててトオノのサブマシン型デバイスが小径弾をばらまく。

 尻餅をついたまま動けない俺に向かって最後の一体が大鎌を振り上げて迫ってくる。

 何か、なんでもいい、投げつける物はないか?

 床を這う手が尖った石をつかむ。

「来るなーっ!」

 握った石が手を離れる前に、眼前の空気が鋭いつぶてとなって次々に加速、超硬質のクリスタルの驟雨しゅううとなって死神に殺到する。

 ヒュンヒュンヒュンヒュン

 空気の弾丸は死神を貫き、ボロ布を穴だらけにし、太い鎖さえも粉々に切り裂いて打ち砕いた。

 石を握った手のひらが火傷しそうに熱い。

 ふーっ、ふーっ、ふーっ。

 動悸とともに荒くなった呼吸音がやけにうるさく響く。

 気づくと周りのメンバーが驚いたように身を逸らしていた。

「……す」

 す?

「すっげぇなあ、おまえ!さすがのオレもビビったぞ」

 ケイタが驚いたような嬉しいような顔で言った。

「すごい。デバイスも術式も使わずに不可知属性を実相化させるなんて。ねぇねぇ、一体どうやったのさ?」

 トオノさんも興味津々という感じで迫ってくる。

「……よくわかんないです」

「モヤッとした不可知体が突然骸骨の体を持った死神みたいな姿に固まってさ」

「ああ、そんでオレの攻撃もあたるようになった。それまでは雲をつかむような感じだったんだけどよォ」

「あの死神モチーフは君のイメージかい?それとも敵本来の姿だったのかな?」

「えっと。俺のイメージじゃないかと思います。死神だーって思ったら急に姿がはっきり見えて……」

「でもあの鎌はやりすぎだぜ。銃持ちならともかく、殴り専門のオレには少々厄介な得物だからなあ」

「すみません……」

「……ちっ、これだからシロウトは。危なくてしょうがねぇ……」

 カサギさんだけが苦虫を潰したような顔をしていた。


 ***

英太の活躍によりなんとか難を逃れたレムナンツ・ハンズ。一方そのころ、ノクターナルは順調に攻略を進めていた――

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