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Ep2-5 教会回廊

地下鉄トンネルからの抜け道をつたって来たレムナンツ・ハンズの面々は、先行するバロック・ドッグスを道案内にして地下教会の回廊を順調に進攻していた――

 薄暗い照明が作る壁際の影の中を五人の人影が動いていく。一人だけ動きがぎこちなくて、ときどき影から頭や手足が顔を出す。英太だ。

「バカ、体が半分影から出てるぞ。もっと壁際に身を寄せろ」

 そんなこと言ったって、これでも精一杯隠れているつもりなんだけどなあ。

 小学生の頃に近所の顔も知らない連中と遊んだ『影踏み鬼』を思い出す。建物や木の影の中に自分の全身の影を収めていればセーフだったっけ。あ、そういえば細い木の影に避難していたときにガタイのいい悪ガキに目を付けられて、十秒ルールで影から出るまで目の前に立ちふさがってカウントダウンされたことがあったなぁ……などと現実逃避してみる。

 現実に目を向けると、そこは薄暗く不気味な鋳鉄製の吊り下げ式の灯りが揺れる石造りの回廊だった。地下なのに妙に湿度を感じない空気がありがたい。これでもし、ネバネバしたもので覆われていたりドブネズミが走り回っていたりしたら耐えられないよと考えながら、ひんやりとした石壁に背中を押し付ける。

「あ。あまり壁には触らないほうがいいよ。トラップの起動スイッチが隠れていたりするからね」

「足下にも気をつけろ。基本、前のヤツが踏んだ石畳だけに足を降ろすんだ」

 えー……。

 影に隠れて身を縮めつつ壁に手を突かず足の置き場にも気をつけるなんて、どんな無理ゲーだよぉ。……あ、ステルス系のゲームなら当たり前か。コントローラーを握り締めてやり込んだゲーム知識がこんなところで役立つ……わけないじゃん。

「おっと、開けた場所に出たね。回廊の終点かな……ん?何もないところにデバイスを向けて何をしてるのかな……」

 俺たちはむやみに潜伏ごっこをしていたわけじゃない。先行させたトオノさんのヤモリ型ドローンがバロック・ドッグスの姿を捉え、カメラでこっそり観察しながら追跡していたのだ。そのドローン映像をトオノさんがときどき解説してくれているというわけだ。

 ひょい、とケイタが頭を出して前方をうかがう。

「なんじゃ、ありゃあ」

 ケイタが回廊の真ん中に飛び出して前方を見つめる。

 カサギさんも続けて身を乗り出す。

 声が届かないくらいの距離でバロック・ドッグスが闘っていた。

 ダダダダダダダダ

「連中、何もない天井に向けて発砲している……」

 トオノさんもつられてゴーグルをかけたままの顔を出す。

「何もない、だって?気持ち悪いめんを着けた野郎がふわふわと浮いてやがるだろうが」

 どうやらアレはカメラ越しでは見えない物体らしい。

「弾は効かないようだな。すり抜けてやがる。厄介だぜ」

 そのうえ、銃弾が効かないって?それって……

「ゆ、幽霊?」

「ばっきゃろー、幽霊とか魔法とか、そんなもんは存在しねぇって言っただろうが。アレはほら、存在確率がナントカで、位相だっけ?がズレてて実体がないだけなんだとよ」

「それを幽霊というのでは?」

「だからちげーよ。アレはエライ学者先生たちがカガク的に証明したモンなんだ」

「そうそう、だから対処可能だし、撃破可能だ」

「じゃ、じゃあ助けに行かないんですか?」

「なんで?連中がやりあって敵が減ったほうがいいじゃん」

「そうそう。こうやって遠くから観察できる機会は有効活用しないとね。はいこれ」

 トオノさんからいろんなスイッチがついた装置を渡される。

「電源入れてー」

 これかな。パチンっとスイッチをONの方向に倒す。

 全部のランプ表示が点灯したあと、いくつか点滅してグリーンのランプが一つだけ残る。

「そうそう。で、この筒の部分をあいつらに向けて……これを押す」

 言われるままに操作する。

 大きめの赤いボタンを押すと、キュイィィという小さな電子音が鳴り、中央のバー状のインジケーターがどんどん伸びてイエローゾーンに入る。

「ほほう、これはなかなか。でもこんなに強力な干渉強度を観測しちゃったらあいつらにも気づかれちゃうかも」

「見つかった。来るぞ」

 攻撃の効かないバロック・ドッグスを嘲るように蹂躙し叩き伏せた灰色の影がこちらを振り向く。

「問題ねぇ。オレが叩き落としてやる」

 バシッと拳を手のひらに叩きつけてケイタが回廊中央に躍り出る。

 いつの間にかトオノさんが端末を開いて何かを入力している。最後にエンターキーを叩いて声を上げた。

「調整完了っと。カサギさんも行けますよ」

「おう」

 マガジンを交換し終えたリーダーがレバーを引いて新しい銃弾を装填する。

 ケイタのガントレットの表面に黄緑色のラインが奔って発光する。

 そして遭遇戦が始まった。


 滑空して体当たりのように襲い掛かる灰色の影をケイタが殴りつける。

「オラァ!……ちっ」

 胴体より下は実体が無いようだ。カーテンを殴るように手ごたえ無くすり抜ける。

 タタタン

 ケイタの側面から襲いかかろうとした灰色の影をリーダーが牽制する。

 弾丸は胴体部分を貫通する。ダメージがないのは同じだが、バロック・ドッグスの場合と違って灰色の布が裂けて垂れ下がる。弾丸自体は当たっているようだ。

「胴体は空っぽだ。上半身を狙え」

「わかってる、よ!」

 覆いかぶさるようにして振るってきた爪を左拳の甲で弾き上げ、カウンター気味に右拳を不気味なめんに叩き込む。

 ビシッっと面にヒビが入り、のけぞるようにして灰色の影が身をひるがえす。

「逃がすか!」

 ガシッと胴体部分の布地をつかみ、逃げる影を引きずり下ろす。

「へへっ、飛んでばかりなんてずりィじゃねェか」

 ケイタがニタッと笑って拳を垂直に叩きつけ、灰色の影の面を叩き割った。

 影は端から細かな灰となって消えていく。

「こっちも処理完了だ。先に進むぞ」

 リーダーに額部分を打ち抜かれた面が細かな灰となって消えていく。

「了解」

「ちょ、ちょっと待って。いまのもレイドでは普通に出てくる敵なの?」

「ああん?まあそうだな。ケースバイケースってやつだ。なにが出てもおかしくないのがレイドさ」

「ええ……。オカルトもありなんて聞いてないんですけど……」

「心配しなくていい。不可知属性が出るのはランクB以上のレイドだけ……」

 メイさん、女子なのにお化けは怖くないのね。むしろ好きそう。なんか目が輝いてる。

「さあ、行くぞ。ちんたらしていると後続のチームとバッティングする確率が高くなるからな」

「ほら、英太。腹決めていくぞ」

 そんなぁ。


 ***


 左右に何度が曲がり、レンガ通路が上り階段になったところで先頭のショーが足を止めた。

 ハンドサインで人が三人倒れていることを伝える。

 了解の合図で二の腕を二回タップする。

 ショーが単独で確認に向かう姿を暗視モードにしたゴーグル越しに追う。階下に向けて倒れている二人と階上に向けて仲間に覆いかぶさるように倒れている一人。

「挟み撃ちかしら?」

 暗視ゴーグルに表示されるバイタルサインは麻痺術式に特有の体温低下とともに命に別状はないことを示していた。

「どうかな。こちらの男は背後から銃弾を受けているし、こいつも下からの攻撃でやられている」

「それってヘンじゃない?ここまで一本道だったわよね。敵が隠れる場所なんてなかったし、あたしたちに向かってくるヤツもいなかったけれど……」

「ここはレイドの結界内だ。やりようはいくらでもある。検証は後にして先へ進むぞ」

 漣の指示で再びノクターナルの面々は動き出した。

 敵の気配だけでなく、術式の罠にも気を配って進む。

「ストップ。三メートル先、トラップよ。通路の床に結界があるわ」

 ゴーグルを収納して裸眼で進んでいた桔花がショーに止まるように合図する。

「転移系の結界ね。踏み込んだ者を丸ごとどこかに転移させるのか、それとも通路が別の空間につながるのか……」

 それ自体は致命的ではないが、お宝を目指す者(レイダース)にとっては時間切れに直結する無情な罠だ。

 桔花が罠の場所を漣とショーに示し、回避して先を急ぐ。

 やがて前方にアーチ型の明かりが見えてきた。出口だ。

バロックドッグスを全滅させた謎の幽鬼になんなく勝利した英太たち。幽霊のような敵にビビる英太の尻を叩いてレムナンツ・ハンズの進攻は続く。一方そのころ、桔花たちノクターナルもすぐ後ろまで近づいてきていた――

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