Ep2-2 ニュービィ
ついに始まったレイド。華麗にフィールドを舞うノクターナルとは別に、レムナンツ・ハンズの面々は昏い地下鉄トンネルを歩いていた――
***
「あの……こんなところ、歩いていいんですか?見つかったら捕まるんじゃ……」
最終電車の去った地下鉄の線路脇を歩きながら英太が小声で囁く。
保安用のランプが等間隔で点灯しているので夜目に慣れてくれば何とか歩ける。
渋谷駅のひとつ手前から侵入して隠し通路から目的地へ入る作戦だそうだ。
「バカ言ってんじゃねえよ。当ったり前だろうが。レイドってなぁ、ようは泥棒ってこった。見つかったらパクられるに決まってんだろうが」
「ええっ……その説明は聞いてないよ。いまからでもクーリングオフは出来ませんか?」
「あはは、心配しなくても大丈夫だよ。レイドのお宝は盗っても持ち主から訴えられないし、銃火器だって『運営』の認定品なら警察に見つかってもモデルガン扱いにしてもらえることになっているからね。せいぜい軽犯罪法違反ってとこさ。安心しなよ」
軽犯罪は犯罪だよね?どこに安心できる要素が?
「そうそう。だからポリに追いかけられたら逃げるか素直に捕まるかどっちかにしろよ。反撃は論外だ」
「それ、ケイタがいつも言われてることじゃん。へぇー、あのケイタがねえ。やっぱり後輩ができると人間、成長するものなんだねぇ」
「うっせぇ、ぶん殴るぞ」
「おおこわ。あ、ちなみにレイド参加者同士の暴力行為による怪我も双方不問にするから犯罪になんないよ」
そういうものなの?なんか違う気がするけど、ここは話を合わせておこう……。
「じゃ、じゃあ少しは安心だね。あははは……」
「でも不法侵入は刑法に定められた犯罪。三年以下の懲役または十万円以下の罰金」
メイがボソッとつぶやく。
「えぇぇ……」
だめじゃん。地下鉄の線路歩きなんてもろ引っかかるじゃん。
「遠足じゃないんだ。静かにしろ」
先頭を歩くカサギさんがたしなめる。
すみません……という返事も口を押えて慎む。
地下鉄の線路は常にどこかから、ぴちょん、ぴちょん、ちょろちょろ、さらさらと水音が聞こえてくる。黙っていると、コトンコトン、コトンコトンと遠くから電車が走ってくる幻聴が聞こえる気がして、ついつい喋りたくなる。
ひやぁ!なんかいま、ぞくっとした!
漏れそうになった悲鳴を手で押さえてみんなの顔を見る。
「レイドエリアに入りました。デバイスのロック解除を確認」
トオノが手にしていたガジェットの表示を確認して発言する。
カサギさんが立ち止まってマシンガンのような武器をチェックし、ガチャリとスライドを操作した。
「五十メートル先、左に秘密の入り口……」
メイがタブレット端末で地図を確認する。
そのまま無言で警戒しつつ一列縦隊で先を進む。
やがて左手の壁にアーチ状のくぼみが見えてきた。
「競合チームはいないな。このルートはビンゴのようだ」
「やるじゃん、メイ」
「ぶぃ」
先にカサギさんが入って侵入口を確認する。
カチリと金属音がした後、ズズズと重い石が擦れるような音がした。
ハンドサインで呼ばれて入り口に入り込む。
「真っ暗ですね」
「俺は暗視ゴーグル持ってるから見えるけどね」
「あー、ずりィ」
「ケイタも金を払えば貸してやるよ。メイにも貸したし」
メイがVサインを出しているようだが、暗くて見えない。
「へんっ、暗闇でも気配である程度分からぁ」
「ドローンを先行させろ。敵と遭遇するまではレッドライトを使う」
「了解っと」
トオノがバックパックから何かを取り出して起動する。
シャカシャカ、カサカサ、と何か小さいモノが床や天井を這う音が遠ざかっていく。
「オーケー、リーダー。次の角まで約十メートル。その先敵影無し」
トオノの暗視ゴーグルはそのままヘッドマウントディスプレイになっているようで、視線を空中に固定したまま報告する。
「よし、行くぞ」
「「了解」」」
先頭のカサギさんが肩の位置に構えたレッドライトを足下に向けている。赤く薄暗い光が狭い通路の陰影をほのかに浮かび上がらせる。よく見えないけれど見えているアンバランスな感覚もしばらくすると慣れてくる。トオノさんのナビケーションに従って何度か通路を折れて奥へと進んでいく。
「何で迷路みたいになってるのかな?」
途中、何度か鎧戸のような扉をくぐった。
「なんでも秘密結社の逃走ルートらしいよ」
「ふーん」
「……秘密結社って、ヤバくない?」
「活動してたのは昔だろう?雑魚だね、雑魚」
「黙って歩け」
はい……
「お、障害物発見。何だろうなこれ……隠し部屋か?」
トオノが先行するヤモリ型ドローンで偵察した結果を報告する。
現場まで進むと、通路の先が木箱のようなものでふさがっていた。
「この向こうに無人の部屋があります。多少の物音は大丈夫でしょう」
「わかった。これをどかすぞ。ケイタ」
「りょーかい」
狭いのでカサギさんとケイタの二人で木箱をどかす作業を行う。トオノは壁にもたれて暗視ゴーグルを付けたまま中空を見つめ、両手でなにやら操作を行っている。ドローンでさらに先の場所の偵察を行っているようだ。メイさんは……何もせずにぼーっと突っ立っているだけだ。まあ、俺もだけど。
すぐに通路が開通して使われていない古い物置のような部屋に出た。
「廊下に灯りがあるな」
物置の入り口の扉にのぞき窓がついている。そこから、弱い光が差し込んでいた。
カサギさんが暗視ゴーグルを外す。
「右が正解ですね。左は行き止まり。あ、競合チームを発見。誰かと交戦中のようです」
「おっ、オレ様の出番かぁ?」
「馬鹿、交戦中なら潰し合いを待って待機だろう」
「ちぇっ、いつもそれじゃんか」
「ウチみたいな弱小チームは漁夫の利を狙うしかないんだよ」
リーダーたちが作戦会議?をしている間、暇な俺は部屋の中を見回していた。メイさんがなにやら木箱のそばで作業をしている。
「何をしているんですか?」
「逃走ルートの確保」
壁の穴を隠していた木箱の山に何やらぺたぺたと張っている。
「それは?」
「ムフーッ。超強力ダクトテープぅ~」
何やら自慢げに幅広のガムテープを掲げる。
なるほど、木箱を崩れないように固定しているのか。こうすれば、一人でも縦に積んだ木箱を移動できる。
常に安全な撤退ルートを確保しながら進むなんてさすがはプロフェッショナルだ。
「戦闘が終了した模様。通路クリアです」
「よし、出るぞ。なにしてる、メイ、英太。遅れるな」
「うぃ」
「すみません」
廊下の先は広めの回廊につながっていた。こっちが脇道だったようだ。
その先で銃撃戦があったらしく、三人ほど倒れていた。
一人はゴリゴリの軍装で、装備類もたっぷりと身に着けている。奥の通路の入り口に隠すようにして寝かされていた。
「バロック・ドッグスだね。相変わらずいい装備着けてるなぁ」
「麻痺術式じゃないな。毒物か?こんな倒れ方は見たことがないな……」
回廊の開けた場所には二人の男が後ろ手に縛られて転がされている。汚れた灰色のローブをすっぽりとかぶるスタイルで顔が隠れており、体格は瘦せていてとても戦闘向きには見えない。
「こっちは見慣れない連中だな。新参者か?」
カサギさんがローブの男を足で乱暴に転がして顔を確かめる。見覚えがないようだ。
二人とも苦痛に歪んだ顔で白目を剥いていた。こちらも麻痺術式でやられたわけではないようだ。
経験豊富なカサギは直感的な違和感を無視しないほうがいいことを知っていた。
「こっちの連中はもしかしたらモグリかもしれん」
灰色のローブをつま先で差す。
「モグリ?」
「未登録のレイドチームだ。一般人は結界内には入れないから何らかの対処は必要だが、不可能なことじゃない」
「ヤバいのか?」
「ああ。未登録ということは使っている武器や術式がレイドの規定外の威力を持っている可能性がある」
「というと?」
「運営が許可しているデバイスや銃弾には殺傷力を抑える処置が組み込まれている。無認可の弾丸を喰らったら最悪の場合死ぬかもしれんな」
えーっ、そんな無法な。俺、帰っても……。
「帰っていい?」
眠たげな目でメイがぼそりと言った。
「ダメだ」
「そうだぜ。まだ一発も殴ってねぇじゃねぇか」
「えー、やだなー」
「まだ参加フィーも回収できていない。このまま赤字だった場合はおまえの取り分からもマイナス分を差っ引かせてもらうぞ」
「ぶぅ。おーぼーだぁ」
ううっ、初参加だっていうのに、嫌な予感しかしない……。
***
秘密の抜け穴を通って大規模な戦闘を回避しつつ奥へと進むレムナンツ・ハンズ。初参戦の英太は活躍する場もなく、成り行きのようにメンバーについていくだけだった。その裏ではバロック・ドッグスが派手な戦闘を繰り広げていた――




