Ep1-11 アジト
拉致され商用バンに詰め込まれた英太が連れて行かれた先は、レイドチーム、レムナンツ・ハンズのアジトだった――
走る車の中から見るビル街の風景はどこも同じに見える。目隠しをされているわけじゃないけれど、道順なんかはすぐにわからなくなってしまった。
やがてバンは路上駐車の多い通りにあるビルの手前で一時停車した。左折してビルの腹に空いたトンネル状の通路をくぐり、中庭のような駐車スペースに出る。くたびれた印象の低層マンションで、明るい黄土色のタイル張りが少し前の世代のセンスを感じさせる。都心の真ん中だというのに驚くほど静かだ。
ヤンキー風の男に連れられて二階の一室に入る。
中は雑然としており、広めのワンルームを事務所にしたみたいな感じだった。
玄関から入ってすぐの壁面に申し訳程度の流し台が設えてある。一応、トイレと浴室は分かれているようだけど、ちらりと見えた浴槽は狭いユニットバスだった。奥の部屋の一部という位置づけなのか廊下は広めだが、壁沿いにダンベルなどの運動器具なんかが仮置きされていて廊下全体が物置の様相を呈している。
案内された部屋はもとがリビングのようで、そこそこ広さがあるがモノが雑然と置かれているため手狭な印象だ。廊下から続く壁側にはスチール棚とがっしりとした事務用机が並んでいて、袖机代わりのワゴンが飛び出している。いろんなものがごちゃごちゃに詰め込まれている印象で、机の下に置かれたブリキ缶のゴミ箱に放り込まれた長物がゴミなのか収納なのかわからない状況だ。
入り口の陰になっている場所はもっと混沌としていた。壁面収納に組み込み式の机が広げられたままになっており、天板の上には作りかけもしくは分解途中のガジェットが放置されている。
正面にある腰ほどの高さの窓には白っぽいブラインドが掛かっている。窓の下にはローボードが置かれていてそこだけおしゃれな雰囲気に飾られていた。
一番奥の角のエリアにはシンプルな天板だけの机とぬいぐるみに囲まれたモニタが置かれている。柔らかい手触りのファブリックで覆われたひじ掛け付きの椅子には先客がいて、小柄な女性がこちらを見ていた。自分よりは年上だろうと見当をつけるが、大人の女性という感じもしない。年齢不詳という感じだ。
俺はスチール棚の手前に置かれたおんぼろの合皮ソファに座るよう促された。
「それで、だ」
「ひゃい」
緊張のあまり声が裏返る。
「おまえ、どこまで知ってる?」
出た。これは回答を間違えると消されるやつ!
ここは正直に……。
「え…えと……何も、知らないです……」
「ああん?」
ひっ、さっそく答えを間違えた?
「おまえ、一昨日、西新宿で見たんだろう?」
「えっと……鳥のことですか?」
「はあ?なんで鳥が出てくんだよ。レイドのことに決まってンだろが。話聞いてンのか?」
レイド?なんぞそれ?
「その、よくわからないんですけど……」
「どうやってレイドの場所と時間を知った?どこのチームに所属してる?」
「いや、いきなりそんなことを言われても……」
「すっとぼけてんじゃ、ねぇ」
「ひっ」
思わず体をそらす。
「ははは、そのくらいにしといてやりなよ。この子、シロウトだよ」
長身の青年のとりなしに、涙目でコクコクとうなずく。
「一昨日の深夜、西新宿にいたんだね?」
「はい……」
「お巡りさんみたいな人が大勢いなかったかい?」
「大勢はいなかったですけど、警官が巡回していました。見つかったら補導されるなと思って路地に隠れたんですけど……」
「路地の前に通行止めのロープとか張ってなかった?」
「コーンは置いてあった気がしますけど……」
「ふーん、結界が弱かったのかな?一般人はレイドの境界を無意識に避けるはずなんだけどね」
そういいながら長身の青年が自分の机を漁って何かの装置を取り出す。
「こことここのプレートを左右の手で摘まむようにぎゅっとつかんでみて」
装置から飛び出した半透明のプレートをつまむ。
長身の青年が装置のボタンをいくつか押すと、表面のLEDがいくつか点滅する。
「ほー、これはこれは。なるほどねぇ」
表示された数値を見てうなずいている。一体何が行われているのか不安になってくる。
「あのー、さっきから言っている、レイドってなんですか?」
「レイドっていうのは……まあ、簡単に言うと宝探しゲームかな」
「宝探し?」
「そう。ターゲットになるお宝の情報が公開されて、指定された日時と場所で行われるゲームだよ。制限時間内にターゲットをゲットしたチームが優勝。ただし、大人が本気で取り組むゲームだ。この意味、分かるよね?」
こくこく。
「レイドが行われるエリアには結界が張られる。その中には一般人は入れないようになっているんだ。これは一般人を事故から守る意味合いが強いけれど、もう一つ重要な意味がある」
ごくり。
「参加フィーを支払っていない者にお宝をネコババされないようにするってことだ」
「それって、もしかして……」
「参加フィーを支払っていない者がレイドに侵入した場合、相当な額の罰金が科される。お宝を無断で持ち出した場合はさらに過料される。全部合わせると……ふむ、学生では一生かかっても払いきれないねぇ」
手元の電卓を叩いてニコッと微笑む。
「そんな……知らなかったんです」
「そうだね。でも大人が本気で取り組んでいるんだ。そんな言い訳は通用しないと思うよ」
どどど、どうしよう。頭の中がぐるぐると回る。
「僕たちも報告義務があるからねぇ。知っていて見逃すと今度は僕たちがペナルティをくらうしぃ。どうしたものかねぇ」
「そ、そ、そこをなんとか……何でもしますから」
報告義務なんてあったか?いいえ、と後ろで囁き合っている二人の声はパニック状態の俺の耳には届かなかった。
「そうだねぇ」
ニンマリと笑う青年。
「ウチのチームに入れ」
ヤンキー風の男がずいっと身を乗り出す。
「へ?」
「おまえ、術式が使えンだろう?ウチはそっち方面が手薄でよぉ」
「いや、でも俺、シロウトで。その、魔法のこととか全然わからなくて……」
「ばっきゃろー、この世に魔法なんてもンがあっかよ。術式だよ、術式」
「えぇ?はあ、まあ」
さっぱりわからない。
最近バカバカ言われ過ぎて本当に頭がバカになったのかも。
「ははは、ケイタ、その言い方じゃ伝わらないよ。術式っていうのは量子結晶体から力を取り出すための手順のようなものでね。デバイスにあらかじめ組み込んで使用するから術式の使用自体は特別な訓練なんかは要らないんだ」
長身の青年が先ほど測定に使った装置の表示部分をトントンと指で叩く。
「きみはどうやら術式への適性がかなり高いようだ。どんなデバイスでも安定して起動できると思うよ」
長身の男が机の上にあった別のガジェットを手に取って中央部の突起部分を指さす。
「いっしょに来てもらって、こちらの指示で決められたボタンを押すだけの簡単な作業だよ。ね?簡単でしょ?」
そういいながら突起部分をポチポチと押す。
「それで借金はチャラに?」
「ああ。俺たちのチームメンバーってことになればレイド侵入のことは問題ナシだ。勝手に持ち去った量子結晶も正当な戦利品ってことになる」
「ありがとうございますっ、ぜひ参加させてください!」
藁にもすがる思いで答える。
「おっしゃ、決まりだ」
右手を差し出してくるのでこちらも握手のつもりで手を出す。
ぱぁん、と派手な音を立てて手をつかみ、手首を上げてがっちりと握ってくる。いわゆるサムグラップというヤツだ。
「オレぁ、ケイタだ」
「石守英太です」
「エイタか。オレとよく似た名前だな。おまえ、見込みあンぞ」
「どういう理屈だよ。僕はトオノ、メカ担当だ。よろしく。で、あっちがメイ。情報担当」
部屋の隅でぼんやりと状況を眺めていた女性が伏し目がちに小さくうなずく。
「あともう一人、リーダーがいるんだが……」
ちょうどそのとき、玄関のドアノブがガチャリと回った。
「あ、カサギさん」
見かけない靴を見て警戒の色を浮かべた顔が、英太、ケイタ、トオノと順に見比べていき溜め息に変わる。
「隠れ家に部外者を連れてくるなと言っただろう」
「カサギさん、新しいメンバーを連れて来たぜ。次のレイドでメンツが足りないって言ってただろ?これで参加できるぜ」
ウキウキと笑顔を浮かべるケイタをカサギと呼ばれた厳つい中年男性が色の薄いサングラス越しにじろりと睨む。
「勝手なことすんじゃねぇ。次のレイドは不参加って決めたはずだ」
「でもカサギさん、メンツが揃えば考えるって言ったじゃんか」
「……だからっておまえ、シロウトを入れても仕方ないだろうが」
「英太は例のハグレを見つけたヤツなんだ。次のレイドは戦闘少なめの術式多めなんだろう?きっと役に立つぜ?」
カサギの肩が『ハグレ』の言葉に反応してぴくりと動く。
「おまえ、このまえのレイド現場に入ったのか?」
「はい、そうらしいです。自分ではよくわかってないんですけど」
「……ちっ、仕方ねぇか。一回だけ使ってやる。本採用するかどうかはその結果次第だ」
「よろしくお願いします」
一回だけの参加でも借金はチャラでいいんだよね?あとでトオノさんに確認しておこう……。
事実上拒否権のない提案を受けて、英太は否応なしにレムナンツ・ハンズに参加することに。そして、新たなレイドが開幕する――




