Ep1-7 ツー・トップ
決意はしたものの、桔花への返事はどうしたものかと思いあぐねる英太。ひとまず桔花のことを知っていそうな友人に訪ねてみると――
「おまえ、片梨さんを知らないの?超有名人じゃん」
「知らないから聞いたんじゃん。このくだり要る?」
「まあ、英太はちょっと浮世離れしたところがあるかんなー」
そういうと、カトウは尻を半分乗せていた机から降りて俺の前の席に反対向けに座り、内緒話をするように顔を寄せた。
「あのさ、去年の文化祭で非合法の人気投票企画があったじゃん」
「それを言うなら無許可の、だろ」
ウチの高校は五月後半という少し変わった時期に文化祭が開催される。
創立記念日に合わせた開催日程が理由だけど、四月になってまだ馴染めていないクラスが一丸となって取り組むことで絆を深めるという狙いもあるらしい。
右も左も分からないままいきなり一致団結して――とか、個性を発揮――とか言われても対応できるのは陽キャだけだろう、とは思う。だけどまあ、みんな手探りなので苦手なことを無理に押し付けられることは少ないし、引っ込み思案になっても許される感じがあって実は陰キャにも優しい設定なのかもしれない。この時期だとみんなまだサボり癖を表に出していないので、なんだかんだ全員参加が守られる。結果的に共通の思い出ができることでクラス仲は良い雰囲気が形作られたように思う。
文化祭が終われば三年生はいよいよ受験一色の日々へと突入する。高校最後の思い出作りに取り組む姿勢は真剣そのものだ。
二年生は早すぎる開催時期のせいで一年の頃に十分に楽しめなかった一大イベントを骨の髄までしゃぶりつくそうと全力投球だ。
一年生はどちらかというとお客様だ。準備期間中は真面目なクラス企画の展示準備に取り組むが、文化祭当日は学園中を回って手放しで先輩たちの企画や展示を楽しむのだ。
だけどいつの時代も異端児はいる。
去年の一年生、つまり俺の学年に、俺たちも初年度から本気の文化祭企画をぶち上げよう、とハッスルしたツワモノがいた。そいつらが企画したのが一年生女子の人気投票、いわゆるミスコンである。
文化祭の仕組みを知らない彼らは生徒会に無許可で企画を実行した。結果、彼らは教育的指導を受ける羽目になり、人気投票の結果発表は午前中のうちに撤去されることとなった。
だけど情報社会の昨今、一度発表された事実を消し去ることはできない。みんな何となく意識しなんとなく後ろめたい気持ちで人気投票の結果を語るのだ。
「そんときの女子のナンバーワンが片梨さんだよ」
「へぇー」
確かに、失礼ながらクラスの女子とは一線を画す可愛さだった。性格に難がある気がするけど。
「容姿だけじゃなくて、明るくて誰にでも打ち解ける親しみやすさもあって人気なんだよ。ちょっとハッキリとものをいうところがあるけれど、そこもさばけていていいっていうやつも多いんだってさ」
ちょっとだろうか。まあ人の好みは様々だ。俺ごときが意見するような世界ではないのだろう。
「それに成績もいいんだぜ。この前の定期考査でもぶっちぎりの二位だったし」
「二位だとぶっちぎりじゃないだろう?」
「二位と三位の間がぶっちぎりなんだよ。一位の綾神さんと二位の片梨さんでワンツーフィニッシュってやつさ」
「おまえ、自分のことのように嬉しそうだな」
「当然じゃん。成績発表なんて俺にとっちゃF1レースと同じだよ。外野で応援する以外に楽しめる要素ないじゃん」
レースに参加していないのは俺も同じだけど、他人の成績で楽しめるまでには達観していないかな。
「それに人気投票でも綾神さんと片梨さんの一騎打ちだったんだぜ。このまま二人が年間チャンピオンの座を競い合うのか、はたまたダークホースが現れるのか。去年の展開は痺れたなー」
「――おまえ、もしかして例の人気投票の企画メンバーなのか?」
「っ!!」
あの不祥事(というほどではないが)は匿名のまま処理されたので処分対象が誰かは一般生徒には知らされていない。
「悪い、今の質問はなかったことにしてくれ」
「なんのことかなー」
「まあ、賭け事にしていなければ問題はないと思うよ」
一応、友人なので今後の人生のためにも釘を刺しておいてあげよう。だらだらと冷や汗をかいているのも見なかったことにしておく。
「それにしても、英太が片梨さんに興味を持つとはねぇ」
「そういうんじゃないよ」
どちらかというと興味を持たれたほうだ。というか、弱みを握られたというのが正解か?
「彼女は高嶺の花だからねぇ。愛想は良いけどプライドが高いのかまだお子様なのか、今のところ恋愛に興味はないみたいだぜ?今年に入ってからすでに十人が玉砕している」
「ま、そっちのカウントには入らないから心配すんな」
コロサレルほうのカウントには入るかもしれないけど。
「へぇ、ほぉ。英太がねぇ」
何か意味を取り違えたみたいだけれど面倒なので放置する。それよりどうやって片梨さんと連絡を取ったものか。
カトウの話だと下手に片梨さんの連絡先を聞いて回ったら玉砕候補生認定を受けそうだ。
とはいえ、彼女のクラスに直接顔を出すのは俺の危険予知本能が警告を上げている。
このまま相手の呼び出しを待つか……。
いや、それも悪手だな。きっとキレッキレで出迎えてくれることになる(キレッキレの使い方を間違えているけど)。
うーん、と頭を抱えていると、教室の入り口のほうでざわめきが起きた。
「石守くん?あそこの席ですけど……」
先に振り向いたカトウの顔に驚きが貼り付く。
視線の先には黒髪ロングの清楚な美少女が立っていた。
星形の髪留めがこちらを見る動きに合わせてきらりと光を反射する。
俺と目線が合うとにこりと微笑んで教室に入ってきた。
「石守英太さん?急な申し出で恐縮ですが、お昼休みに生徒会室までご足労願えますか?」
「あ、はい」
再びにこりと微笑んで小さく会釈をするとくるりと踵を返して教室を出ていく。
香水もつけていないはずなのに、何故か爽やかな香りを残していった。
「ぉぃおいおいおいっ、英太。どうなってんだよ!」
「えーと、よくわからないけど、生徒会に呼び出しを食らった?」
「じゃなくて、なんで綾神さんが直々に足を運ぶんだ?」
「あー、今のが綾神さんなんだ。ナンバーツーの」
なぜか今、一部の女子からキツイ目で睨みつけられた気がする。やはり人気投票の結果は禁句だったか。やべ。
「おまえ、綾神さんも知らなかったの?学年のツートップを知らないとは、浮世離れにもほどがあるぞ。おまえ、仙人かそれともダンジョンに篭ってン年の冒険者かよ」
「欲はあるほうだから、どっちかというと後者かな」
それにしても彼女が直々に呼びに来るのがそんなに異常事態なのだろうか?
いや、もちろん俺史上的には別のクラスの女子から呼び出しを受けるなんてことは初めてのこと……いや、片梨さんの件があるから二回目かな。うん、確かに異常事態だ。
あとでカトウに聞いてみたら、綾神さんは女性のシンパが多く生徒会の呼び出しなどはそういった女子が率先して行うから一般男子生徒が声を掛けることは滅多にできないそうだ。
なんだそれ。
とにかく、生徒会の呼び出しなら出頭しないわけにもいかない。
今日も早弁するしかないか……。
心当たりがないまま生徒会室に向かう英太を待っていたものは――




