Ep1-6 願望《デザイア》
桔花に傘下に入るよう勧誘された英太の胸に、今まで感じたことが無かった想いが芽吹く――
「なんだか追剥にあった気分だよ」
放課後の貴重な時間を引っ張りまわされた挙句に大事な量子結晶を二つも取り上げられてしまった。抗議したところで返してもらえないだろう。正直、あの子にかかわるくらいなら別で量子結晶を探したほうが精神衛生的にも良い気がする。
「命が危ないって本当かな……」
いきなり殺されるなんていう想像はできないけれど、拉致して強制労働ってのはありそうで怖い。
「取り合えずネットで調べてみよう。あれ?」
昨日開いたブラウザの検索結果が消えている。
あらためて量子結晶にまつわるキーワードを入力するが、『検索条件と十分に一致する結果が見つかりません』と出たあと、昨日と違ってそれ以上先に進まずに画面表示は該当件数0件と表示されたままだ。
「おかしいな」
ブラウザの履歴をチェックしたけど、そもそも昨日アクセスした記録さえ残っていなかった。
「うーん、何だろう、この感じ。なんだか触れちゃいけないアンダーグラウンドな空気を感じるな……」
命の保証はない、そう言ってニヤリと笑う赤髪ツインテールの面影が脳裏に浮かぶ。
(そんな言い方してないわよ!)
本人からは抗議の声が上がりそうだが、今のところ量子結晶体関係者は片梨さんしかいないのでイメージ映像には彼女に登場してもらうしかない。
「何にもしないうちから手詰まりかぁ」
ギシッと背もたれを鳴らして天井を見上げた。
あのとき、確かに俺は空中を泳いだ。
あの現象、あの力を突き詰めていけば、きっと空を自由に泳げるようになるはず。
いつ墜落するかと怯えながら景色を十分に堪能する間もなく高い空を高速で飛び過ぎる飛行機ではない。
悠然と浮かび、好きな場所に好きなだけ滞空し、空を楽しむ空中遊泳がしたい。
いうなれば、ドローンのような飛行がしたいと強く思う。
もともとそんな夢を持っていたわけじゃないけれど、きっと心の奥底に眠っていた願望なのだろう。それが量子結晶が引き起こした超常体験で一気に表層意識に刻まれた。
それほど鮮烈な体験だった。
初めて何かを成し遂げたいと思えた。
それをあきらめるのか?
手が届くところにあるのに。
叶える伝手があるというのに。
我がしもべとなれば、貴様の望みを叶えてやろう。
赤髪ツインテの悪魔が囁く。
(だから、そんなこと言ってないって!)
その代わり、二度と平穏な日常には戻れぬことを覚悟するがよい。
命を捧げ、我に仕えるならば相応の知識と庇護を約束しよう。
さあ、選べ。
貴様の欲望の実現か、それとも平凡な日常に埋もれ朽ちていく未来か……
(どこの魔王よ!失礼しちゃうわ)
うあぁぁぁ……
ドタッ
座ったイスごと後ろにひっくり返った俺は、丸い天井照明を見ながら決意した。
「よし、魔王に魂を売ろう」
たとえ世界が魔王に支配されたとしても構わない。
俺は世界を救う勇者じゃないんだから。
俺は俺の夢を叶えるために彼女についていこう。
(こんな可愛い私を魔王扱いするなんて、絶対に許さないんだからねっ!!)
あ、でも魂を売るのはちょっと取返しが付かないことになりそうだから、とりあえず忠誠を誓う程度にまけてもらおうかな。
謎の物質、量子結晶体。それが見せてくれる世界を知りたい――。何も無い少年の心に初めて芽吹いた願望は、彼を非日常の世界へと連れて行く……




