Ep1-5 放課後ランデヴー(2)
あの夜訪れた新宿の路地裏に案内した英太に、桔花と名乗った少女は特殊警棒を握り立ちふさがる――
「ワンタッチじゃないから使いづらいのよね」
そういって一本の特殊警棒を脇に手挟んでもう一方の握りの部分に短い横棒を取り付ける。一つが終わったらもう一つ。そして、トンファーのような持ち手の付いた特殊警棒が二本出来上がった。ますます身の危険を感じる。
「あんた、なんで身構えているの?」
防御姿勢を取っている俺に怪訝な顔を向ける。
「いや、ボコられるのかなと思って」
「はあ?なんで意味もなく疲れることをしなくちゃいけないのよ。これはこうやって使うの」
意味があったらボコること自体は否定しないんだ……。
引いている俺を無視して片梨さんがトンファーの横腕部分を握り、水平に構える。そのまますり足のような歩法で半歩ずつ進んでは足を揃え、今度は反対の足で半歩進み足を揃える。独特の足の進め方で路地を走査していく。
「片梨さん、それって……」
「ダウジングよ。昔から隠れているものを探すにはこれが一番有効な方法よ。知らないの?」
いや、知ってるよ?男子なら小学生の頃に一度はやったことがあるに決まってるじゃん。俺が驚いたのは特殊警棒をダウジングロッドにするっていう発想のほうだ。
「静かにしてよ。気が散るじゃない……あっ、ここに反応があるわ!」
そこ、確か俺が石を見つけた場所だ。
「そこのひび割れから俺の量子結晶が生えていたんだ」
「なんですって?じゃあもう」
「うん、採ったあとだね」
「そんなあ、こんなに反応があるのに?」
「少し根っこが残っているのかも」
「うーん、掘り出す方法はないかしら」
「ダメだよ、アスファルトを掘り返したりしたら叱られるって」
「そうね。騒動になったらこの場所が他の連中に見つかってしまうわね」
事の善悪じゃなくて自分の利益で判断するのって、片梨さんの発想はちょっと治安が悪いんじゃないかな。
「よく探せば他にも生えているかも。んーと、なんとなくこのあたり……」
ただの勘でシャッターが閉じたビルの壁を探る。
「あった。これ、量子結晶じゃない?」
赤みがかった色合いの五角柱の結晶がタイルの継ぎ目から少し飛び出している。
「だから目視で発見できるものじゃないって言ってるでしょう……えっ、赤色結晶?」
シュバッと片梨さんが俺の指さす継ぎ目の部分に瞬間移動する。
「本当だ。生えてる。ハグレの量子結晶なんて初めて見るわ……」
ずこっ。何だよ、専門家みたいに振舞っていたくせに。
「何で見えるのかしら?本来ならダウジングで当たりをつけて術式で顕在化させる手順が必要なのに……。あんた、一体どうやっているの?」
「し、知らないよ。でも最初から見えているわけじゃない感じだね。なんとなくこのへんにありそうな気配を感じて、目を凝らしたらだんだん見えてくるっていうか、気付いたらそこにあるっていうか……」
「実相化の術で見えるようにした量子結晶体は誰にでも見えるようになる。その部分は同じ作用が働いているようね。もしかしたらこいつは実相化の術を本能的に行使している?しかもセンシングの部分でも高精度の感覚をもっているようだし……こいつってもしかして、金の卵を産むガチョウでは?解剖して研究すれば究極の力が手に入るかも……いやいや、ガチョウを殺してしまうリスクは冒せないわ。ここは生きたまま協力させて……」
心の声がダダ洩れなんですけど。
何かコノヒトから逃げないとイケナイ気がする。でも学校が同じなのにどうやって逃げればいいのか……。
「きみ、英太くん」
急な猫なで声に思わずぞわわっと悪寒が背中を駆け上がる。
「あたしといっしょに量子結晶採掘をしましょう」
「えーと、そのー、なんかヤバそうだし、俺は遠慮したいなあと」
「きみはまだ理解していないだろうけど、きみの能力はこの世界ではとてもレアで強力なものなのよ。誰かに見つかったら実験動物にされかねないわ」
はい、心当たりが一人、目の前にいます。
「あたしから世間にふれ回るつもりはないけれど、きっとどこかで誰かがきみの能力に気づく。そうなったとき、きみは自分の身を自分で守れるかしら?」
「うっ」
マッドなサイエンティストや悪の組織の首領が大挙して追いかけてくる映像が思い浮かぶ。
「あたしなら量子結晶に関して多少の知識とコネがあるから、きみの力を特殊な発明品の効果に偽装して他の連中を欺くことができるわ。この方法ならきみ自身が直接狙われることは減ると思うの」
ゼロにはならんのかい。
「それに、術式のこと、量子結晶のこと、いろいろと教えてあげるわよ?どう?悪い取引じゃないと思うけれど?」
うーん、言っていることは分かるけど、結局、片梨さんの言い分だけしか情報がないんだよね。
「ちょっと考えさせてください」
「ちっ、優柔不断ね。まあいいわ。でも、返事は早めにちょうだい。くれぐれも一人で量子結晶探しなんかしないこと。どこかで本業の連中と鉢合わせしたら、ちょっと命の保証はないかもよ」
う、見透かされている。
「今日はこの量子結晶で手を打ってあげるわ。じゃあね」
「えー。それは俺が見つけた……」
「なによ。パンツみたでしょ?その代金よ。これでも大マケにマケてあげてるのよ。嫌なら出るところに出ましょうか」
「じゃあ、せめて最初の量子結晶だけでも……」
「それは昨日の分よ。なに言っているの?あー、イケない、塾に遅れるわ。まったく、こんな遠いところまで連れてきて迷惑ね」
さっきもう間に合わないって言ってたよね?
「いい?よく考えてすぐに返事をよこしなさい」
それだけ言い放つと片梨さんは通学カバンを受け取って急いで帰っていった。
これがパンツをパッと見せてカツアゲする、いわゆるパパカツというやつか。
JK恐るべし。
英太に特殊な才能があると告げた桔花。少女は英太に、私の下に来いと告げる。英太の選択は――




