Ep1-5 放課後ランデヴー
昼休みに襲撃?を受けた謎の女子に量子結晶の入手場所へ案内するように強要された英太は、下校時間だというのに足取りも重く下駄箱へと向う――
「ねえ、あれ片梨さんじゃない?」
「あの子が出待ちなんて珍しいわね」
俺が担任に捕まって荷物運びの手伝いをさせられている間、例の女子はずっと下駄箱の先で待っていたらしい。
赤髪を繊細に編み込んだツインテールがゆるふわ感を醸し出している。
通学カバンを背後に回し、短めのスカートからのぞく白い足を膝の位置で組んで昇降口の柱にもたれかかる姿はとても絵になっていた。
手首の華奢な腕時計からふと顔を上げて目が合った瞬間、思わず心臓がドキリとしてしまう。
「えっと、お待たせしました」
あどけない妖精のような表情が、俺という個人を認識した途端キリキリとまなじりを上げて怒りの形相に変わっていく。
トクンと打ったはずの俺の心臓が、ドドドと警戒の鼓動に変わる。
「あたしを待たせるなんて何様のつもり?百万年早いわ!」
甲高い声が昇降口に響く。
いくら下校のピークが過ぎたとはいえ、通行人はゼロじゃない。
なぜか責めた本人が耳を赤くして俺の手を引っ張って校舎をあとにした。
「ちょっとあんた、恥をかかせないでよ」
「そっちが自爆したんだと思うんだけど……」
「うっさいわね。そもそも遅くなるなら何で連絡をよこさないのよ?」
「えっ。だって俺、君の名前もクラスも知らないし……ウチの学校の子、だよね?」
「むっかー、マジ信じられない。あたしを知らないの?」
「すみません、存じ上げません」
確かに俺は女子の情報に疎いけれど、そうじゃなくても何組も離れたクラスの子の名前なんかわかんないよ。
「二年B組の片梨よ。片梨桔花。あたしから名前を教えるなんて、本当に特別なことなんだからね」
「あ、はい。ありがとうございます?」
「何で疑問形なのよ。ありがたく思いなさい。で?」
「で?」
「オウム返しするんじゃないわよ。名前よ、名前。あんたの名前をまだ聞いていないわ。まったく、どこで礼儀作法を学んだのかしら?」
すみません、独学です。
「石守英太。2-Fです」
「ふーん、英太か。見かけ通りの冴えない名前ね」
……全国の英太に謝れ。
だいたい、エータってカタカナ表記にすればギリシャ文字第七番目の文字を意味するという、いかにも中二病っぽい由来を盛り込める優秀な名前なんだぞ。なお、文字の形はΗ。エッチではない。文字コードだってΗはJISコード212A(1区42点)でHは2128(1区40点)と分けて定義されているのだ――。
「で、どこでこの石を見つけたの?道端で見つけたっていうんだからこの近くなんでしょ?あたしこのあと塾があるんだから手早く済ませてよ」
「あの、用事があるなら日を改めて……」
「バカおっしゃい。のんびりしていたらせっかくの採掘場所が他の連中に荒らされるかもしれないじゃない。新規の採掘場所なんて滅多に見つからないんだから」
そうなんだ。
そんなレアなものを偶然見つけるなんて、俺ってけっこう運がいいのかも。
っていうか、他の連中ってなに?
量子結晶採掘ってそんなにメジャーなものなの?
いろんな疑問が頭を過ぎるけど、片梨さんに聞いたらその倍の数だけ『バカ』が飛んできそうだからやめておこう。
「じゃあ、案内します」
高校の最寄り駅まで歩き、改札を通る。
「急行に乗って、途中で乗り換えます」
「うちと逆方向じゃない」
そんなことを言われてもね。
じゃあ、やめます?と口に出す前に睨みつけられて、心の中で溜め息をつく。
片梨さんは乗り換えのたびにブツブツと文句を口にしたが、それ以上絡んでくることはなかったので電車の中では適当に相槌を打ってやり過ごした。
「ここです」
「……って、新宿じゃない。すぐ近くって言わなかった?」
言ったのは片梨さんです。
なんの変哲もない裏路地だ。
メインストリートから少し入ってさらに九十度曲がったビルとビルの間の空間。
この時間でも路地の入り口を通る人はほとんどいない。このまえ来たときは深夜だったけれど、午後のこの時間でもあまり印象は変わらない。
「ここは……。あのときの人影って……」
「なに?」
「なんでもないわ。それよりどうしてくれるのよ。もう塾に間に合わないじゃない」
だから日を改めてって言ったのに。
現場を隈なく検分するのかと思ったら、片梨さんは腕を組んで仁王立ちした姿勢で動かない。まだ少し高い西日が路地の入り口の路面を照らして奥にいる俺からは彼女の姿が逆光になっている。ツインテールが魔物か何かの角に見えなくもない。
「確かに気配はあるわね」
どうやら意識を集中して超常的なものの気配を探っていたようだ。
「探さないの?」
「目で見てわかるなら苦労はしないわ」
あら、そうなの?俺には目で見えたけど。
「もっと本格的な道具を持ってくるんだったわ」
ブツブツつぶやきながらごそごそと通学カバンを漁っている。
目的のものを見つけたのか、片梨さんが無言で通学カバンを俺に渡す。
彼女の両手には棒状の道具が握られている。と、次の瞬間、鋭く腕を振った。
カシュン
片梨さんの手の中に特殊警棒が現れる。
「えぇ……」
路地の入り口をふさぐように立ち、細めの特殊警棒を二刀流で保持するJK。逆光が表情を隠している。俺、ここで殺される?本気でそう思ったわけじゃないけれど、身の危険を感じたのは確かだ。
Ep1-5 放課後ランデヴー〔つづく〕




