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少年は今日も嘘をつく

「ねえ、さっきそこを妖精が三匹飛んでいったよ!」

「さっき小人に小さな指輪をもらったんだ。とんでもなく綺麗なつぼみがついてたんだけど、あんまり小さいもんだから、ぼくは土に埋めたんだ。きっと明日は土から伸びて花を咲かすよ!」

「夜の空に透ける花火が上がったよ。ぼく以外には見えないんだ。透き通って大きな大きなくらげみたいで、オパールみたいなちらちらする虹色で、まるで神様の創ったみたい。冗談みたいに思えるくらい、とっても綺麗だったんだ!」


 少年は嘘をつく。嘘ばかりつく。美しい嘘ばかりついている。


 周囲の大人は、それをって聞いている。本当の世界は、赤剥けた野原。がれきの山。くしゃくしゃに縮んでねじれた草木。奇形の動物ばかりだから。


 少年の肌も白い地にぐっさりと赤いあざが全身にさして、そのあざは日増しにじゅくじゅく赤黒く濃くなって、指で押すと沈み込ほどにんでゆく。


 ――最終戦争。どこぞの国のお偉方が予想したよりその影響はあまりに大きく、暴発した核爆弾のおかげで大方の人間は死に絶えて、生き残った人間たちがひっそり地を這うように日々を生き延びているだけだ。


 そうしてもう、その日々も長くはないのだと、みんながみんな知っている。あと何年かかるか知らない。知らないけれど、絶滅が少し先延ばしになったばかりで、おそらく人類は完全に死に絶えるのだろうと、みんながみんな知っている。


 だからみんな、少年の嘘をとがめない。最後に残ったたったひとつの希望のように、ほおに淡い微笑を浮かべて、少年の嘘を聞いている。腫れた目にうっすらと涙を浮かべて聞いている。


 だから、少年は今日も美しい嘘をつく。少年の嘘より美しいものは、もうこの世界の何処にもない。ただ遠く高い空だけが、人間の業も関係なしに白い雲を帯びて青く、血のように赤く暮れてゆく。


 少年は、今日も美しい嘘をつく。嘘をつくその口から黒い血も吐くようになっていることを、周囲の大人は指摘しない。美しい嘘さえなくなるその日を、そう遠くないその日を考えないように、考えないようにしているだけだ。


 今日の空はひとしお赤く、見事に赤く、本当の世の終わりのごとく、血のように赤く暮れていった。


(了)

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