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おしまい

「――お楽しみいただけましたか?」


 その声にはっと気がつくと、見渡す限り本の海。革張りの本、赤い絹張りの表紙の本、紙のカバーのものすごい数の文庫本……、


 ぼくは図書館の中にいた。いつからいたのか見当もつかない。目の前の金髪に青い瞳の青年が、にっこりと柔らかい笑みを浮かべる。


「読みつかれて、お眠りになっていたようですね。どんな夢を見られました?」

「……『火星の人外の生き残り』になって、宇宙ロケットでにじの花の咲く星に行って……」

「ほう」

「星にある井戸をのぞき込んだら、どこかの海につながっていて、人魚とうみへびの精が両手をつないでダンスをしていて……」

「それはそれは」

「うっかりその井戸にはまったら、パラレルワールドみたいな地球にワープして、しらみたいに可憐な異星人に抱きしめられてキスされた」


 そう言って言葉をめると、図書館の司書らしい美青年はころころとおかしそうに小さく声を立てて笑った。


「ふふ……どうやら本をお読みになりすぎたようで、いろいろなお話が混ざってひとつながりの夢になったようですね!」


 くすくす笑う青年は、ふっとまじめな顔になり、ぼくの目を見てこう告げる。


「よく覚えていてくださいね。この図書館で読んだ話を……」


 司書はぼくの目をまっすぐに、それはそれは真剣な瞳でのぞき込む。


「この図書館の本たちは、全てが『過去』と『未来』なのです。この世界や異星、異世界の『起こった過去』と、『起こりうる未来』がつづられている……」


 そんな馬鹿な、と切り捨てるには、青年はあまりにもまっすぐな瞳をしていて。たじろぐぼくに司書はよく通る声で、耳もとにすり込むようにささやいた。


「――いいですか。話の中で何度も滅亡した地球を救うも救わないも、運良くこの図書館にたどり着いた、あなたのような方々にかかっているのです……」

「……わ……」


 分かんないよ。何だか訳が分かんない。

 そう言い放つには、本の中の『地球滅亡』の物語は、あまりにあまりに生々しすぎた。赤剥けの肌、噴き出す鼻血、咲き誇る赤い毒の花……ごくりと息を呑むぼくの頭を、司書は子どもにするみたいにでてくる。


 ――このひとは、いったい何なんだろう。人外? 天使? どこかの世界からのメッセンジャー?


 いろいろな想いでぐちゃぐちゃの胸をなだめるように撫でてくれて、司書は小首をかしげてう。


「そうですね、いきなりいろいろ言われても、頭が混乱するばかりですよね……では今回は、このあたりで……」


 そう言って司書がにこやかに手を振る、とたん目の前の景色が反転し、ぼくはいつの間にかいつもの道ばたに立っていた。


 なんの変哲もない、うちの近所の小さな公園の前の道。


 ……休日の散歩のとちゅうで暑気あたりにでもなったのか、何だか頭がぼうっとする。白昼夢を見たような、何だかとても大事な夢を見たような……、


 ああ、お日様が空のてっぺんだ、うちに帰ってお昼にしよう。近所のスーパーでつゆとそうめんと薬味を買って、お惣菜の天ぷらも買って、冷凍庫の氷をたっぷり使って冷たいお昼に……、


 ぼくは軽く痛む頭を押さえながら、自販機できんきんの麦茶を買った。こくんこくんと鳴るのどを、冷たい液体がすうすうとすべり落ちてゆく。


 ――とても大事な。

 大事な夢を見た気がするのに、全然思い出せなかった。


 でも、また同じような暑い日に、同じように軽い暑気あたりにまぎれて、同じ夢を見られる気がした。


(完)

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