表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/57

いらない両腕

 わたしの腕を、落としてください。


 ……神様、わたしはロボットです。千年前に造られました。戦争のための兵器として、人を殺す道具として、こんな姿に造られました。


 巨大なハサミのような両腕……まるで昔の映画に出てくるロボットみたいな腕ですが、映画の主役はちゃんとした腕をつけられる予定だった、完成の前に博士が老齢で亡くなっただけ……、


 だけどわたしは違います、あえてこの腕に造られたのです。基本ヴァージョンはハサミ型ですが、十徳ナイフみたいに銃もサーベルも出し入れ自在、全て人殺しの道具です。


 もちろんわたしの他にも、ロボットはおおぜい造られました。けれども何の手違いか、わたしだけ『心』を持ってしまったのです。


 兵士を殺す、老人を殺す、女性を殺す、年端もいかない子どもを殺す……戦争が長びけば長びくほど、わたしの手は血で黒ずんでいきました。


 やがて戦争は終わりをつげ、存在意義を失ったロボットたちは自らの機能を停止しました。けれどわたしは心を持ってしまったせいか、自壊は出来ませんでした。


 人々はわたしを博物館に展示し、『殺人機械』とふだを立て、『愚かしい時代の遺物』だと言いました。『忌まわしい代物』だと見る人はみな顔をしかめて……、


 そうしてやがて大きな地震に見舞われて、博物館も倒壊しました。ガラスケースから解放されたわたしは、それから旅を始めたのです……この世界のどこかにいらっしゃる、わたしの腕を外せる方を探す旅へと。


 ……平和な時代が訪れて、みなさま「そんなことは出来ないよ」とおっしゃいました。


「殺人は君の罪じゃない、そうプログラムされたんじゃないか!」

「もう良いよ、罪の意識にさいなまれずとも……もう戦争は起きないよ、平和な世の中になったんだ」

「君は君として、昔の罪に罰を求めず、自由に生きて行けば良い……」


 みなさまそうおっしゃいました。そう言いながら瞳の奥に、『殺人機械だ、おぞましい』という怯えと恐れと蔑みが、ありありと透けて見えました。


 ……わたしは、旅を続けました。造られてから千年経って、ようやくこの『土地神様の神殿』にまで行きついたのです。


 どうか神様、この土地を統べる女神様……このわたしの罪深い腕を、すっぱりと落としてはくださいませんか……?


* * *


 女神はふわふわの金髪を揺らし、慈悲にあふれる微笑を浮かべる。そっとロボットの『罪深い腕』に手を触れて、ねぎらうそぶりで優しくぜる。


「……残念ながら、わたくしにはあなたの腕を落とすことは出来ません。わたくしは機械に詳しくないので、代わりの腕をつけることが出来ませんから……でも、その代わり……」


 女神が言いながら腕を撫ぜると、ぼろぼろと収納されていた銃やサーベルが音立てて床に落ちてゆく。あっけにとられたロボットの腕には、おおきなハサミばかりが残った。


「……さて、あなたはごらんになりました? この神殿を囲む庭を……」

「……は、はい! にスミレにユキアヤメ、色とりどりに咲き誇って素晴らしいお庭だと感じました!」


 本心から声をあげるロボットに、女神は日だまりのような笑顔を見せて……その耳に小さく何かささやいた。ロボットは()()()と顔を輝かせ、弾けるようにうなずいた。


* * *


 ――その日から、神殿の庭には『庭師』が一体増えた。


 彼は朝早くから日の沈むまで、ちゃきちゃきとハサミの音を響かせている。彼は巨大なハサミをあやつり、それは見事に庭の草木を剪定していく。


 彼は神殿を訪れる子どもたちに、「腕がハサミのかっこいいお兄ちゃん」と仕事中いつもじゃれつかれている。


 自分を救ってくれた女神のことを考えると、何でか人工心臓の鼓動が急に早くなるが、その理由はまだよく分からない。そのことを女神本人に言うと、女神は少女みたいにう。その白いほおが、その時ほんのり桜色に色づく理由も、今はまだよく分からない。


 分からないまま、青年の姿のロボットは、今日もちゃきちゃきハサミを振るう。剪定した赤い薔薇を花束にして、女神さまに進呈しようと、ハサミの腕のロボットのほおに微笑が浮かぶ。


 神殿の庭は、あたたかな日を浴びて美しかった。薔薇にスミレにユキアヤメ……赤にピンクに白にむらさき、柔らかな奇跡のように美しく、ちゃきちゃきちゃきと軽やかなハサミの音が、小鳥のさえずりと入り混じって平和な庭を流れていた。


(了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ