いらない両腕
わたしの腕を、落としてください。
……神様、わたしはロボットです。千年前に造られました。戦争のための兵器として、人を殺す道具として、こんな姿に造られました。
巨大なハサミのような両腕……まるで昔の映画に出てくるロボットみたいな腕ですが、映画の主役はちゃんとした腕をつけられる予定だった、完成の前に博士が老齢で亡くなっただけ……、
だけどわたしは違います、あえてこの腕に造られたのです。基本ヴァージョンはハサミ型ですが、十徳ナイフみたいに銃もサーベルも出し入れ自在、全て人殺しの道具です。
もちろんわたしの他にも、ロボットはおおぜい造られました。けれども何の手違いか、わたしだけ『心』を持ってしまったのです。
兵士を殺す、老人を殺す、女性を殺す、年端もいかない子どもを殺す……戦争が長びけば長びくほど、わたしの手は血で黒ずんでいきました。
やがて戦争は終わりをつげ、存在意義を失ったロボットたちは自らの機能を停止しました。けれどわたしは心を持ってしまったせいか、自壊は出来ませんでした。
人々はわたしを博物館に展示し、『殺人機械』とふだを立て、『愚かしい時代の遺物』だと言いました。『忌まわしい代物』だと見る人はみな顔をしかめて……、
そうしてやがて大きな地震に見舞われて、博物館も倒壊しました。ガラスケースから解放されたわたしは、それから旅を始めたのです……この世界のどこかにいらっしゃる、わたしの腕を外せる方を探す旅へと。
……平和な時代が訪れて、みなさま「そんなことは出来ないよ」とおっしゃいました。
「殺人は君の罪じゃない、そうプログラムされたんじゃないか!」
「もう良いよ、罪の意識にさいなまれずとも……もう戦争は起きないよ、平和な世の中になったんだ」
「君は君として、昔の罪に罰を求めず、自由に生きて行けば良い……」
みなさまそうおっしゃいました。そう言いながら瞳の奥に、『殺人機械だ、おぞましい』という怯えと恐れと蔑みが、ありありと透けて見えました。
……わたしは、旅を続けました。造られてから千年経って、ようやくこの『土地神様の神殿』にまで行きついたのです。
どうか神様、この土地を統べる女神様……このわたしの罪深い腕を、すっぱりと落としてはくださいませんか……?
* * *
女神はふわふわの金髪を揺らし、慈悲にあふれる微笑を浮かべる。そっとロボットの『罪深い腕』に手を触れて、ねぎらうそぶりで優しく撫ぜる。
「……残念ながら、わたくしにはあなたの腕を落とすことは出来ません。わたくしは機械に詳しくないので、代わりの腕をつけることが出来ませんから……でも、その代わり……」
女神が言いながら腕を撫ぜると、ぼろぼろと収納されていた銃やサーベルが音立てて床に落ちてゆく。あっけにとられたロボットの腕には、巨きなハサミばかりが残った。
「……さて、あなたはごらんになりました? この神殿を囲む庭を……」
「……は、はい! 薔薇にスミレにユキアヤメ、色とりどりに咲き誇って素晴らしいお庭だと感じました!」
本心から声をあげるロボットに、女神は日だまりのような笑顔を見せて……その耳に小さく何かささやいた。ロボットはぱあっと顔を輝かせ、弾けるようにうなずいた。
* * *
――その日から、神殿の庭には『庭師』が一体増えた。
彼は朝早くから日の沈むまで、ちゃきちゃきとハサミの音を響かせている。彼は巨大なハサミをあやつり、それは見事に庭の草木を剪定していく。
彼は神殿を訪れる子どもたちに、「腕がハサミのかっこいいお兄ちゃん」と仕事中いつもじゃれつかれている。
自分を救ってくれた女神のことを考えると、何でか人工心臓の鼓動が急に早くなるが、その理由はまだよく分からない。そのことを女神本人に言うと、女神は少女みたいに微笑う。その白いほおが、その時ほんのり桜色に色づく理由も、今はまだよく分からない。
分からないまま、青年の姿のロボットは、今日もちゃきちゃきハサミを振るう。剪定した赤い薔薇を花束にして、女神さまに進呈しようと、ハサミの腕のロボットのほおに微笑が浮かぶ。
神殿の庭は、あたたかな日を浴びて美しかった。薔薇にスミレにユキアヤメ……赤にピンクに白に紫、柔らかな奇跡のように美しく、ちゃきちゃきちゃきと軽やかなハサミの音が、小鳥のさえずりと入り混じって平和な庭を流れていた。
(了)




