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白銀の髪

 うらやましかった、しろがねの髪。


 人外の夫のさらさらと長く、足先まで伸びた髪……しろへびの化身らしく、雪のように白い髪が、とてつもなくうらやましかった。


 けれど、夫はこう言った。「君の髪がうらやましい」と。


「素晴らしい、ふっさりと豊かな黒い髪……漆黒の夜で染めたみたいだ! わたしの髪とは大違いだ……!」


 それをきらきらしたこんじきの瞳で、本心から言われるといつも心がきゅうっとなった。


 幼い奴隷だった自分。大雨が続き、『白蛇の神様のたたり』だと思い込んだ村人たちに、にえとして湖に放り込まれた自分。


 大雨とは全く無関係だった『湖の主』、しろかがみ様は驚きながらも自分を受け入れてくれた。「湖底のこの城で共に暮らそう」と、名もない自分におうと名づけてくれて、使用人もいない、ふたりっきりの暮らしがそこで始まった。


 ……何を気に入ってくれたのか、白蛇様は自分のことをいてくれた。こんな自分を、奴隷だった自分を、生け贄として望まず放り込まれた自分を、受け入れてくれた神様を……私が好きにならないはずもなく、夫婦となって暮らし始めた。


 けれど、髪の色ひとつとっても、私と白鏡様はまるきり違う。人間としても平凡な私は、白鏡様の美しい容姿がうらやましかった。白い肌にびっしりと浮いた透けるうろこも美しく思えた。同じ見た目になりたかった。……白蛇様と、自分では、釣り合わないような気がしていた。


 ――そうして、五十年経った今。私の髪は、雪のようにふわりと白い。


「おんなじ色に、なったねえ」

 嬉しげに言って、私の髪にほおを寄せる夫の金色の瞳には、言い知れぬ悲哀が混じっていて。


「……もうじき、お別れなんだろうか……ねえ桜花、もし良かったら、この先何度生まれ変わっても、この湖底の城に来て、わたしと結ばれてくれるかい?」


 思いもよらない嬉しい言葉に、頭の中が真っ白になる。しわだらけの両の手で顔を覆って泣き出す私の肩に手を触れ、白鏡様はささやいた。


「ねえ、それは嬉し泣き? ……じゃあ、返事はってことで良いのかな」


 泣きながら笑いながら、私はそれでも心配で、白鏡様に問いかける。


「……でも、白鏡様……こんな平凡な私なんかじゃ、生まれ変わっても私と分からないんじゃありません……?」

「ええ? いったい何を言ってるんだい、そんな綺麗な魂してさ!」


 意味が分からず泣きやむ私の平たくなった胸に、白鏡様は愛おしそうに手を触れる。穏やかな体温で触れながら、白蛇の化身はそれは美しい笑みを浮かべてこう告げた。


「――実はね、わたしは魂が見えるなんだ。君の魂は綺麗なオパール色をしている……わたしと同じ、動くたびにじ色がちらちら揺れる、世にもまれな美しい魂をしているんだよ……気が合うのも納得だろう?」


 そう言ってほおに口づける愛しいひとに、私はなおも言いつのる。


「……でも、それじゃあ、もし他に『オパールの魂』の方がいらっして、その方を私と思い違ってしまわれたら……?」

「はは! 妙な心配をするんだねえ! ――大丈夫、他にどんな綺麗なオパールの魂のひとがいても、今目の前にいる君と、間違うことなんてありえない……」


 きらきらきらめく金色の瞳に、今の自分の姿が映る。その姿は小さくしぼんで、しわだらけで、どう見ても歳のいったおばあちゃんで……、


 ――世界じゅうで一番、幸せそうな婦人に見えた。


 抱き合う目のすみ、丸い窓から湖の底の水が見える。小魚がちらちら群れて泳いで、銀色のうろこをきらきら光らせ、夢の竜宮のようだった。


(了)

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