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歪んでいるほど美しい

 奇形の花ほど、価値が高い。

 この星の異様な価値観は、百年前からはびこっていた。


 ニンゲンと呼ばれる知的生命体は、異世界とのさかいにわざと穴をこしらえ、異なる世界から無理やり『花』を引っぱり出した。


『花』と呼ばれるのは、美しい人外……植物性の妖精だ。彼ら彼女らは、見た目はまるきり羽のついた女神のようだ。


 妖精たちはとんぼやちょうのような羽を持ち、大きさはふつうのニンゲンくらい。ひらりひらりとそれは優雅に飛び回り、椿つばき、レンゲソウなど、いろいろな花の蜜を吸って、雨水を飲み生きている。


 ……ニンゲンはいろいろな奇形の花をこしらえては喜び、奇形であればあるほど高値で取り引きしていた。まだら模様のチューリップ、花びらの溶けただれたような薔薇、甘く腐ったようなにおいのするずいせん……、


 そんな横暴なニンゲンが、無理やりにこちらの世界に引っぱり込んだ妖精に手を加えないはずがない。ニンゲンは『花』をペット同様に扱い、飼いならし、時には性的(がん)にした……『ペット』たちをいろいろに『改良』しようと、ニンゲンたちは手を尽くした。


 妖精たちはある種のウイルスによって遺伝子が歪み、さまざまな奇形に『進化』する。ニンゲンたちはそれに気がつき、わざと彼らを感染させた。研究所と称して実験に実験をくり返し、妖精を『美しい奇形』になるよう、努力に努力を重ねていった。


 ……妖精たちは、遺伝子レベルで歪めに歪められていった。コウモリのような黒い羽や、恐竜の背のように背中にトゲの生えたやつ、右半分は凛々しい男、左半分はたおやかな女性の顔の生き物、金のつのの生えている者……、


 妖精たちは物言わず、不思議なくらいおとなしかった。あまりなニンゲンの横暴に、反抗する気配もなかった。


 ニンゲンはますますい気になって、とうとう『魔王』を造り出そうとこころみた。ウイルスをうまく合成し、十二枚の黒い羽、三対の金の角を生やした、それはそれは美しい生き物を造り出そうと研究した。


 ――計画は十年越しで成功した。ばいようそうがわりの繭から羽化した妖精は、薄青い肌に光り輝く三対の角、十二枚のカラスの羽を背にいだき、一目見れば魂を抜き取られそうなほど美しかった。


 魔王は妖しいほどに魅力的な微笑を浮かべ、目の前の研究者のあごに、口づけるそぶりで手をかける。


『……礼を言う。お前たち研究者のおかげで、我はこの世に生を受けた……』

「おお! しゃべれるのか、ニンゲン語を!」

「素晴らしい! 『花』の一種だというのに、何と高い知能なんだ!」


 魔王はふっと苦笑して、うっとりとなっている女性研究者のあごから首へと手をすべらす。あまりの甘美な感覚に、女性はひざから崩れ落ちた。


『……なるほど、お前らニンゲンには『知能が低い』と見えたろうがな……『花』たちはずっと待っていたのだ、遺伝子を歪めに歪められ、やがて反撃出来るほどの能力を授かるその日を……』


 魔王はそっと女性の首すじにくちびるを寄せ、甘い声音でささやいた。


『――統率者たる、我のような者が生まれ出づる、今日という日を……』


 言いながら魔王ががじりと女性の首にかじりつく。鮮やかな赤が噴き出して、女性は声もなく甘やかな気持ちにおぼれきり、快楽そのものと言った表情で事切れた。


「わあ! なんだこいつは、何て化け物だ!!」

「殺せ! 処分しろ、こいつはとんでもない失敗作だ!!」

『――「何て化け物だ」? はは、ずいぶんおかしな事を言う……』


 異形の妖精はからから笑い、それから()()と笑いやめ、口もとに残酷なを浮かべて口を開く。


『我は、魔王だ』


 その言葉をきっかけに、扉という扉から奇形の妖精たちが暴れ込み、研究者たちに襲いかかり、首すじという首すじに殺意を込めて喰いついた。


 ――その星に生息する『花』はみな狂暴化し、遺伝子レベルで歪められて得た力と牙でニンゲンたちに襲いかかり、殺し回っては血を吸った。


 角のあるもの、溶けただれたオパールのにじ色の羽を持つ者、甘く腐れたような何とも言えない妙な芳香を放つ生き物……、


 全ての『花』は今までの恨みを込めに込め、ニンゲンたちを手にかけた。容赦はなかった。殺すさまを楽しんででもいるように、『花』はニンゲンたちを殺した。その先頭に立っているのが、生まれたばかりの魔王だった。


「はは、もっとやれ、もっとやれ……ひとり残らず殺すのだ、何をしても良い、我らはこの『知的生命体』たちに、今までさんざさいなまれてきたのだからな……!!」


 ニンゲンは、いなくなった。血を噴いて赤剥けの肉塊にされて、反撃する間も与えられず、ほんの数日で滅ぼされた。


 ――そして、今。

 その星には、美しい奇形ばかりが住んでいる。


 まだら模様のチューリップ、花びらの溶け爛れたような、甘く腐ったようなにおいのするずいせん……、


 奇妙に素晴らしい花々を育て、愛でながら、奇形に美しい妖精ばかりが住んでいる。


 歪みに歪んで美しい、どこかの星のなれの果ての話である。


(了)

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