墜ちる
このごろ天使のあいだでは『墜落』が流行っているらしい。
彼らは白く群れを成して、天からまっすぐに墜ちてくる。初めは雲と区別がつかず、やがて青空に浮かぶちっぽけな白い点々になり、雪の矢のようにひょうひょうと羽音を立てて墜ちて墜ちて墜ちてきて、地面に激突する寸前に――、
ひゅ、っと音立てて旋回し、まっすぐに天に帰っていくのだ。
「ありゃあ危ない」
「いや、あんまりに冒涜的だ。神様もいずれお怒りになるに違いない」
「でもさ、見てると綺麗だよな! 音楽なしのショートフィルムみたいでさ!」
「いやいや、やっぱり危ないって! 俺ら人間と衝突したらどうする気だよ!!」
地上の人々はさまざまなことを言いながら、頭のどこかで誰もが『墜落』を楽しみにしていた。綺麗だったのだ、それは確かに。
ある日、また『墜落』が始まった。初めは雲と区別がつかず、やがて青空にぽつぽつと白い点々になり、ひょうひょうと羽音を立てて雪の矢のように墜ちて墜ちて墜ちて墜ちて――羽が一気に溶け落ちた。白い綿のように一瞬光って消え去った。
地面にぶつかる!!
地上の誰もがそう思った刹那、天使のひたいに角が生え、黒いコウモリの羽が生じた。赤いくちびるに切れ長の目、妖しくも美しく変じた生き物たちは、地を突き抜けて消えていき……二度とは戻って来なかった。
「言わんこっちゃない。神様の罰が当たったんだ」
人々は口々にそう言った。言いながらそのほおは紅潮し、そわそわと地面を盗み見ていた。
――綺麗だったのだ、今までで一番。目にした人間の誰もかれもが『もう一度見たい』と思っていたのだ。
けれどもそれっきりもう二度と、天使は墜ちては来なかった。
(了)




