完全無欠なロボットに
博士は、地球最後の博士だった。
地球で最後の男だった。
地球で最後に生き残った人間だった。
博士は地球の地下深く、核シェルターで孤独に呼吸を重ねていた。最終戦争で地上は死の世界になった。人間はみな核爆発で白い皮膚、黄色い皮膚、褐色の皮膚が赤剥けて、どろどろになって死に絶えた。
自分たちの武器の威力を甘く見すぎていた大国の首相たちも、核にやられて赤剥けになって息絶えた。
五歳で『神童』と謳われて、十五歳で博士になって、今シェルターの中で二十二歳の誕生日を迎えた男は、ひとりっきりで誓いを立てた。
――ロボットを造ろう。
誰よりも優しく、誰よりも賢く、生き物のように自己増殖する、愚かしい人間に代わる『生命』を。
彼は宇宙食向けに開発された、フリーズドライの美味くもない食料を食べ、圧縮された栄養水を少量ずつ口に含んで、ろくに眠りもせずにただただロボットを開発していた。
五年、十年、二十年。時間は見る間に過ぎていった。
三十年、四十年。時間は無情に過ぎていった。
五十年、六十年……目指すロボットは出来なかった。博士は八十二歳になった。
そしてとうとう、博士は明日、九十歳の誕生日を迎える。
何がいけなかったんだろう。あまりにも孤独な身の上が、己の頭脳を自然と鈍らせてしまったのだろうか。
博士はかすむ目を開き、白いベッドの上でただ力なく横たわり、少女の姿のロボットを見た。
――かすむ目で見て、気がついた。このロボットは、遠い昔に七歳で死んだ少女に似ている。
ふわふわの金髪のショートボブに、新緑のような萌黄の瞳。ちょっとぽうっとしたまなざし、鼻のあたりに散ったそばかす。
……病気で死んだ幼なじみに、恋をしていたあの子に、似ている。
そう心から気がついた時、博士はやっと気がついた。自分が求めていたものに、ロボットに求めていたものに。
「……なあ、君……わしの、わしの……友だちになって、くれるかな……」
伸ばされたしわくちゃの手のひらを、ロボットはぽうっとした瞳のままでそっと握った。声もなく、ただこくんとうなずいた。
博士はしわくちゃの顔をもっともっとしわくちゃにして、微笑んだ。くちゃくちゃの笑顔の、細い糸のような目から、透けるしずくがこぼれ出た。
あとはもう、何も言わなかった。ただただ博士の手を握って、冷たくなってゆく手を握って、少女の姿のロボットは、造り主がものを言うのを待っていた。
……外の世界を映し出すモニタースクリーンは、歪んだ世界に降り続く日の光を映していた。
灰色の植物がつるを巻き、薄墨色の花が咲くだけの世界にそっと雲がかかって、春の雨が降り出した。
(了)




