ニセモノの未来
本物になりたい。こんなニセモノの体はいらない。
――人工に造られたサファイアは、心底から想っていた。宝石が意思を持ち、人間のような体を持ち、動き、歌うこの世界……、
『野生の本物』は、人間に捕らえられ、体を砕かれてアクセサリーにされようが、全く意にも介していない。百に砕かれれば砕かれた分、本体の意識も分散するからだ。
例えばダイヤモンドなら、百のアクセサリーになれば『本体の意思も百に分裂した』ようなものだ。世界じゅうに意識は散らばり、世界じゅうのお屋敷の宝石箱に大事にしまわれ、百の自分がそれぞれあちこちで愛される。
――ああ、何て幸せなこと。それに比べてこの自分は、ニセモノの『人工サファイア』は、体を溶かされて工業用の製品に使われるのがせいぜいだ。
それなのに、何故わざわざこんな人型に造られたのか。何故意思を持ち造られたのか。たとえ溶かされた後に意識があっても、工業用の無機質な製品に、意思などあって何になるのか。愛される可能性などあるのか。……
人工サファイアは青い体をLEDライトの光にきらきらさせて、膝を抱えて部屋のすみで考えている。じめじめと考え続ける『彼女』の思考を、ドアの開く音がさえぎった。
「……ハカセ……」
「やあ、待たせたね。ようやく君の出番だよ」
白衣を着た青年は、にっこり笑って手を伸ばす。伸ばされた手にためらう人工サファイアに、『ハカセ』は二三度またたいて、それから優しく微笑んだ。
「――恐いのかい?」
黙ってうなずく彼女の頭を、ハカセは骨ばった大きな手のひらで撫ぜてやる。
「恐いことはない、大丈夫だよ。君はね、これから体を溶かされて……」
ぐっと体をこわばらせるサファイアに、ハカセは優しく言いかける。
「……人工衛星の窓になるんだ」
「…………え?」
「窓になるんだ、人工衛星の。サファイアの溶ける温度は二千度以上と、熱に強いし、割れにくくて、しかも透明度が高い……打ち上げの衝撃や熱にも耐える、宇宙空間での過酷な環境にも耐え抜ける……」
青い目に光を宿すサファイアに、ハカセは柔く語りかける。淋しいながらも誇らしげな、『我が子を見送る親』のような表情で。
「だから、君はこれから宇宙に行くんだ。君の体みたいにきらきら光る、無数の星を見に行くんだ」
「……意識は? いったん溶かされて人工衛星の窓になっても、わたしの意識はあるのですか?」
「もちろんさ。君は行くんだ、生みの親のぼくも一生行けないような、誇らしい空間へ、素晴らしく美しい空間へ……」
――宇宙へ。本物の宝石も行けないような、百に砕けてもそのうちのひとつも見れないような、星を見に。無数にきらめく星を見に。
「ハカセ」
他の職員に連れられて部屋を去る時、彼女はふり向いてこう言った。
「――わたし、人工サファイアで良かったです」
極上の笑顔で言い残し、彼女は部屋を出ていった。青いきらめきがハカセのまぶたにそっと残って、ハカセは何度もまばたいた。
白衣の青年の瞳から、ひとすじだけ透けるしずくがこぼれ出た。けれどその口元には、『我が子』を誇らしく思う笑みが確かに浮かんでいた。
「さよなら、ぼくの青い星……」
ハカセはひとことつぶやくと、涙をぬぐって自分も部屋を出て行った。
――次の『誇らしい我が子』、人工サファイアを造るため。
出会いと別れと、別れと出逢いと、その繰り返し。数限りなく淋しい思いもするけれど、誇らしい仕事、自分の仕事。
涙を振りきって研究室に向かうハカセの青い両の瞳は、美しいサファイアを思わせた。
(了)




