表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/57

『こんびに』

「ねえ、知ってた? 今さっき、近所にこんびに出来てたよ」

「ほー。今度のは長く続きそう?」

「うーん、どうかなあ。ちょっとのぞいてみた感じ、『ワライタケたっぷりチャーハン』とか『トリカブト入り清涼飲料』とか、のひと向けの商品ばっかりだったしなあ。まあ、って一週間ってとこ?」

「ふーん、そうかあ。最近はからの迷い子も少なくなってるからねぇ。……ってか、この頃こんびに建つ率高くない?」

「梅雨だからねえ」

「ああ、そうかあ……こんびには、『異世界とのほころびに自然に生えるキノコ』みたいなもんだからねぇ。湿気の多い梅雨にはニョキニョキ生えてくる……って、全然関係ないと思うけど」

「いや、梅雨だよ、梅雨のせい」




「……ってかさ、あそこ? 駅前のさ、潰れた本屋の跡地に出来たこんびにさ、あそこはだいぶってるじゃん。そんなに良いもん売ってるの?」

「うん、このへんじゃ一番良いよ。『こんびに』ってより、雑貨屋みたいなもんだけど。けっこう単価高いけど、珍しいもんいっぱいある。こないださ、『妖精入り万華鏡』っつーの買ったんだ」

「妖精入り万華鏡ー? 何それ、めっちゃ不穏な響き!」

「その名のとーり、妖精の死体が三つ入ってんの。のぞき口から眺めると、妖精がちらちらきらきら細切れに、色とりどりのさざれにまぎれてプリズムみたいに見えるんよ。めちゃくちゃ綺麗」

「やーだ、悪趣味ー! ……今度あんたん行った時、ちょっと見せてよ」

「はは、興味アリアリじゃん!」




「……てかさ、現実ってザンコクだよね。異世界とリンクしてる場所だって、売り上げとは無縁じゃないしさ。こっちの世界のコンビニと一緒で、らないとこはしぼむみたいに消えてくの」

「そういうもんだよ」

「――っつーか、あんたよくこんびにに行けるよね。いつ消えちゃうか分かんないんだよ? いつキノコがしぼむみたいに無くなって、中に入ってる自分もどうなっちゃうか分かんないんだよ?」

「……それ、待ってるのかもしれない」

「え?」

「だってさ、このまんま現実に生きてて何がある? 受験があって、大学受かれたら大学行って、就職活動して、うまくいったらどこぞに就職、うまくいかなかったらフリーターかニートになって、その後は? ……うまくいってもいかなくても、大体先が見えてるじゃん。消えるこんびにに巻き込まれて、溶けて消えても、もしか異世界に飛んじゃっても、先が見えない方が面白いよね、とか思うっつーか」

「……ごめん、ちょっと分かる、かも」

「はは、分かるんだ! ……いや、冗談、ちょっと思いついて言っただけ。忘れてよ、いいから忘れて。なーし、今のナシ!」




「……何、どしたの、こんな時間に? ふつー夜中の二時に電話する?」

「――あのさ、あたしもこんびに、行ってみたくなったの。どっか良いとこあるかな? 異世界向けのもんばっか売ってて、売り上げほとんどなさそうで、今にも溶けて消えそうなとこ」

「…………あるよ。行く? 今から。迎えに行くよ」




「ここかー。へへ、人生初こんびに!」

「……本当に、消えるかもしれないよ。もしくはこっちの覚悟と関係なく、全然消えないかもしれない」

「いいの。あんたばっかりこんびにに行って、もしかしたら勝手に消えたり、どっか行っちゃうのはね、何だかあたし許せないの。許せない自分に気づいたの」

「…………そう。キス、する?」

「いいよ、しよっか。……まずは入って、お店のすみでこっそりね!」


 そうしてあたしと、幼なじみの友人は、恋人みたいに手を握り合って、音もなく開いた自動ドアをふたりでくぐった。


 夜を殺すような白い光が、店いっぱいにあふれていた。幼なじみは黙って手持ちのバッグを見せた。異世界の文字が印刷されたレシートと、万華鏡らしいのがのぞいていた。


「ここにはない商品だけど、万が一『万引きだ』と思われたら嫌だから……ふたりでのぞこう、店のすみっこで。妖精入りの万華鏡」


 それからふたりできらきら不思議な万華鏡をのぞいて、泥人形みたいな店員さんの目を盗んで、店のはじっこでキスをした。


 ――このまんま溶けてなくなっても、ふたりで異世界に飛んでもいいから、こんびに消えろ。って、胸の奥からあたしは想った。


(了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ