『こんびに』
「ねえ、知ってた? 今さっき、近所にこんびに出来てたよ」
「ほー。今度のは長く続きそう?」
「うーん、どうかなあ。ちょっとのぞいてみた感じ、『ワライタケたっぷりチャーハン』とか『トリカブト入り清涼飲料』とか、異世界のひと向けの商品ばっかりだったしなあ。まあ、保って一週間ってとこ?」
「ふーん、そうかあ。最近は異世界からの迷い子も少なくなってるからねぇ。……ってか、この頃こんびに建つ率高くない?」
「梅雨だからねえ」
「ああ、そうかあ……こんびには、『異世界とのほころびに自然に生えるキノコ』みたいなもんだからねぇ。湿気の多い梅雨にはニョキニョキ生えてくる……って、全然関係ないと思うけど」
「いや、梅雨だよ、梅雨のせい」
「……ってかさ、あそこ? 駅前のさ、潰れた本屋の跡地に出来たこんびにさ、あそこはだいぶ保ってるじゃん。そんなに良いもん売ってるの?」
「うん、このへんじゃ一番良いよ。『こんびに』ってより、雑貨屋みたいなもんだけど。けっこう単価高いけど、珍しいもんいっぱいある。こないださ、『妖精入り万華鏡』っつーの買ったんだ」
「妖精入り万華鏡ー? 何それ、めっちゃ不穏な響き!」
「その名のとーり、妖精の死体が三つ入ってんの。のぞき口から眺めると、妖精がちらちらきらきら細切れに、色とりどりのさざれ宝石にまぎれてプリズムみたいに見えるんよ。めちゃくちゃ綺麗」
「やーだ、悪趣味ー! ……今度あんたん家行った時、ちょっと見せてよ」
「はは、興味アリアリじゃん!」
「……てかさ、現実ってザンコクだよね。異世界とリンクしてる場所だって、売り上げとは無縁じゃないしさ。こっちの世界のコンビニと一緒で、流行らないとこはしぼむみたいに消えてくの」
「そういうもんだよ」
「――っつーか、あんたよくこんびにに行けるよね。いつ消えちゃうか分かんないんだよ? いつキノコがしぼむみたいに無くなって、中に入ってる自分もどうなっちゃうか分かんないんだよ?」
「……それ、待ってるのかもしれない」
「え?」
「だってさ、このまんま現実に生きてて何がある? 受験があって、大学受かれたら大学行って、就職活動して、うまくいったらどこぞに就職、うまくいかなかったらフリーターかニートになって、その後は? ……うまくいってもいかなくても、大体先が見えてるじゃん。消えるこんびにに巻き込まれて、溶けて消えても、もしか異世界に飛んじゃっても、先が見えない方が面白いよね、とか思うっつーか」
「……ごめん、ちょっと分かる、かも」
「はは、分かるんだ! ……いや、冗談、ちょっと思いついて言っただけ。忘れてよ、いいから忘れて。なーし、今のナシ!」
「……何、どしたの、こんな時間に? ふつー夜中の二時に電話する?」
「――あのさ、あたしもこんびに、行ってみたくなったの。どっか良いとこあるかな? 異世界向けのもんばっか売ってて、売り上げほとんどなさそうで、今にも溶けて消えそうなとこ」
「…………あるよ。行く? 今から。迎えに行くよ」
「ここかー。へへ、人生初こんびに!」
「……本当に、消えるかもしれないよ。もしくはこっちの覚悟と関係なく、全然消えないかもしれない」
「いいの。あんたばっかりこんびにに行って、もしかしたら勝手に消えたり、どっか行っちゃうのはね、何だかあたし許せないの。許せない自分に気づいたの」
「…………そう。キス、する?」
「いいよ、しよっか。……まずは入って、お店のすみでこっそりね!」
そうしてあたしと、幼なじみの友人は、恋人みたいに手を握り合って、音もなく開いた自動ドアをふたりでくぐった。
夜を殺すような白い光が、店いっぱいにあふれていた。幼なじみは黙って手持ちのバッグを見せた。異世界の文字が印刷されたレシートと、万華鏡らしいのがのぞいていた。
「ここにはない商品だけど、万が一『万引きだ』と思われたら嫌だから……ふたりでのぞこう、店のすみっこで。妖精入りの万華鏡」
それからふたりできらきら不思議な万華鏡をのぞいて、泥人形みたいな店員さんの目を盗んで、店のはじっこでキスをした。
――このまんま溶けてなくなっても、ふたりで異世界に飛んでもいいから、こんびに消えろ。って、胸の奥からあたしは想った。
(了)




