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親指つくりのアンドリュー

 恥ずかしい仕事だと思っている。


 ――少し言い過ぎたかもしれない。でも『誇れない仕事』だとは思っている。


 だってそうだろう? 義肢や義足をつくるのは、すごく素晴らしい仕事だけど、それこそ胸張って「人のお役に立てる仕事をしています」って言えるけど……たったの指一本だ。俺のつくるのは指一本、しかも足の親指だ。


 そりゃまあ、右でも左でも『足の親指』ならつくれるさ、一応な? 技術が進歩したこのごろじゃ、人間用のとロボット用のと、両方こさえることも出来る。


『ウデの良い足の親指技師』って、この国からちょっとした表彰状もらったこともある。……こうして書くとまるでギャグだな、『ウデの良い』『足の親指』か!


 でも正直、そんなのが何だってんだ? 足の親指がいったい何の役に立つ? いや、自分でも知っているさ、足の親指は重要だ。トゲの一本刺さっただけで、歩行もままならなくなるんだからな!


 でもさ、やっぱり、親の代からやってる仕事なんだけど、もう少し、もうちょっと大きな仕事がしたいよなあ。誇りを持とう、持とうとは思っちゃいるんだが……やっぱあれかな、子どもの時に学校で書かされた作文のせいかなあ。


 忘れもしない十歳の夏、「俺は将来おやじと同じ、足の親指技師になります!」っておっきな声で発表したら、後ろの席で仲の悪いクラスメイトが、小声で「へーんだ、地味な仕事ー」って言いやがったの。


 ……まあその前の体育の時間、ベースボールで俺、あいつにうっかりデッドボール当てちまって、とっくみ合いのケンカしたばっかりだったしなあ。無理もないたぁ思うけど……そういうのって、けっこう尾を引くもんなんだよなあ。


 まあ、つーわけで……この俺『親指つくりのアンドリュー』はじゅうを越したヒゲづらさげて、『ご自分のアイデンティティー』に自信が持てないっつーわけだ。


 でもって今さ、俺めっっちゃキンチョーしてんの。なんでかって? 今ネットで会話通信してんの、今まさに! あの伝説のカメオ職人、ロボットのアンドリューさんとだぜ!?


 名前だきゃあ一緒だが、目の前に映るアンドリューさんは、俺とは全然まったく違う偉いえらぁいヒトなんだ!


 貝や宝石に彫刻する『カメオ職人ロボット』として製造されたアンドリューさんは、製造の過程で回路かなんかが『奇跡的にズレた』みたいで、他のロボット職人とはまったく違う、素晴らしいカメオをつぎつぎ彫り上げて……ロボットには異例の昇進をくり返して、今や世界的に有名な『伝説のカメオ職人』様だぜ!?


 製造から二百年経った今でも現役で、世界じゅうの王族や有名人の胸や耳を彩るカメオをばんばん彫り上げてるっつー、もうマジ、ほんまもんの『活ける伝説』!


 そのうえ、『見た目にロボット』っつー感じの初期状態からバージョンアップとマイナーチェンジをくり返し、今じゃあ見た目も『絶世の美青年』! 全ての面でパーフェクト!!


 何なんだよー、そんなひそかに憧れまくってる(御作のカメオの『作品写真集』も持ってますー)お方からのダイレクトの通信会話ってー!? おおお、俺なんかにいったい何の用なんだろー!?


「ははは、まあお楽になさって……アンドリューさん、さっそくですがね、わたしに右足の親指をつくっていただきたいのです」

「――あ、アンドリューさんの親指を……? いったい何があったんで?」

「何、お恥ずかしい話だがね……ペットのロボットネズミの回路が今夏の暑さで狂ってしまって、やっこさん、おかしくなってわたしの親指を食いちぎってしまったんです! 頼みます、アンドリューさん、私の親指をこさえてくれ!」


 なんか地が出たんだろうな、語尾がいきなりぐっとくだけて、伝説のカメオ職人さん、俺を両手で拝んでくれた! やりますやります、全力でやらせていただきまぁああす!!


 ……つーわけで俺は三日三晩、寝ずに……と言いたいとこだけど、夜になったらそこそこ寝ながら憧れのロボット様の右足の親指をこさえたんだ。寝不足で仕事するなんて、逆にそんなザツな仕事は出来ねぇからな!


 で、納品したら爆速で高額の報酬が振り込まれて……まあ正直、それで終わりだと思ってたんだな。俺は一生、スクリーンごしのアンドリュー様のイケメン顔を胸に抱いて、それで終わりだと思ってたんだ。


 ――で、ででででも! でもさ、何なん今のこの状況!? 今さっき玄関のピンポン鳴って、仕事明けの寝起きでうっかりインターフォンも見ないでドアを開けたらさ! 『伝説のカメオ職人』、アンドリューさんが目の前に立っていらっしゃるんだけどぉおおお!?


「いやあ、直接は『お初にお目にかかります』!」

「お、お初におめめめめめめめ」

「……どうしたんです? 今夏の暑さで、あなたも回路が故障しました?」

「ご、ご冗談ををををををを」

「そうだね、ジョークはこのくらいにして……いやあ、こさえてもらった親指、あれから本当に調子が良いよ! なんなら以前の指よりずっとあんばいが良いくらいだ! ありがとう、本当にありがとう!」


 アンドリューさんはきれいな白い歯を見せて、手に持ったかごいっぱいの果物を揺らして笑う。


「……正直、足の親指なんて今までは気にもしていなかったんだが……たった一本なくなっただけで()()()うまく歩けないし、足先が気になってカメオ細工も満足にできない始末でね! 君のおかげで本当に、ほんとうに助かった!」


 あ、これ夢かな? 夢に違いねえ、だってこんなに目が、目の前が……うるうるかすんで……、


「で、これは追加のお礼の果物だ! 遠慮しないで受け取っていただけるとありがたい……正直ここで突っ返されても、わたしは食べられないからね……!」


 自分のジョークにからから笑って、アンドリューさんは真顔になって、それからもう一度ほろっとってこちらへ白い手を出した。


「……で、アンドリューさん、これも受け取ってくれないか? わたしが再び仕事出来るようになった証と、せめてもの君への感謝のしるしだ……!」


 そう言って俺の手に、小さな何かを握らせた。手を開いて確かめると……それはカメオのブローチだった。


 ……青いメノウに、白い浮き彫りで『仕事する親指技師』が彫られている。小さい彫刻の全身図、細かいこまかい横顔でも、彫った職人のウデが良いからはっきり分かる――、


 彫られているのは、俺だった。あらわになった左のほおに()()()みたいな小さなホクロ、どっからどう見ても俺だった。


「――あ、ありがとう……ありがとうございます……」


 男泣きにハナミズまでちょちょぎらせて泣き出す俺に、アンドリューさんは微笑みながらシルクのハンカチをさし出した。


* * *


 つーわけで、それがきっかけで『伝説のカメオ職人』、アンドリューと俺とのつき合いが始まったんだ。アンドリューは本当にめちゃめちゃ良いやつなんだ、友人としても!


 ……まあ俺が例のカメオをありがたがって金庫にしまって、毎日一回取り出してつくづく眺めてるのは、「カメオは身につけてなんぼなのにー」っていっつも残念がってるけどな。


 ここまでくりゃあ、もう分かるよな? 俺は例えば、酒場か何かで飲んでる時に初見のやつに訊かれたら、今じゃあ胸張って答えるぜ……、


「うん? 職業か? 俺はなぁ……『親指つくりのアンドリュー』だ!」


(了)

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