ぽっこりお腹の美青年
ほんのりBL風味? 苦手な方はご注意を……。
「……ごらんあそばせ、奥様! あそこを道行くあの青年……!」
「まあ、何とも情けないお腹ですこと! いったい何をどれだけ食べれば、あんなお腹になるんでしょうねえ!」
「まったく『玉に瑕』も良いところですわねえ! ふわふわ巻き毛の金髪は天使みたいに素敵に長く、空と海の一番綺麗なところを選りどって結晶させたみたいな、宝石のように青い瞳……! あれで白い絹のシャツのお腹があれだけぽっこり出ていなかったら!」
「しょうのありませんことよ、あれであの方、幼いころに異世界から迷い込んできた人外だってうわさですもの……!」
「まあ、そうなんですの? あの方がこの辺りに越してらしたのは最近ですから、わたくし存じあげなかったわ!」
「……あの方、どれだけ美形に生まれついても、ああいう『ぽっこりお腹』が特徴の種族なんですわ、きっと!」
「まあ、本当に残念な生き物ですこと! わたくしが思うに、カエルの化身か何かなんじゃないかしら……!」
さわさわ不穏にささやき交わし、口さがない奥様ふたりはじろじろと横目でうわさの青年を盗み見る。
そんな視線に気づきもせず、ぽっこりお腹の美青年は己のお腹を確かめるように撫でながら、幸せそうに歩いている。はっと道の先で手をふる相手に気がついて、満面の笑みでひらひら白い手をふり返した。
ぽっこりお腹の美青年に駆け寄ってきたのも、また香り立つような美青年。栗色の巻き毛と金の巻き毛が触れ合う近さで微笑み合い、ほおを撫で合いじゃれ合っている。
「――まあ、いやらしい! 公衆の面前であれほどまでにいちゃいちゃと……!」
「あのおふたり、『ご夫婦』で越していらしたんでしょう? 同性同士のカップルだって何も悪いことありませんけど、よりによってあんなぽっこりなお相手と……物好きも良いところですわ、あの栗色の髪のお方は!」
ぐちゃぐちゃ言い合う奥様ふたりに気がついて、美青年たちは極上の笑顔を見せて奥様がたにおじぎする。一気に気まずくなった婦人ふたりは、おざなりにおじぎをしかえして、スーパーの買い物袋を手にしてそそくさと別れて去っていった。
* * *
そうして、それから四か月後。奥様ふたりは、信じられないものを見た。
――あの同性カップルが、ベビーカーを押しているのだ! ベビーカーの中には栗色の髪、宝石みたいな青い瞳の赤ちゃんが……そうしてぽっこりお腹だった金髪の美青年のお腹が、すっきりさっぱりまるでぺたんこになっているのだ!
ぱくぱくと酸欠のコイみたいに口を開け閉めするばかりの奥様ふたりに、気がついた栗毛の青年が、またもにっこり笑いかけた。
「おや、不思議ですか? だいぶびっくりなさっているようだ……あのですね、実はぼくのパートナー、両性具有の人外なんです。無事に十月十日が過ぎて、ぼくたちに初のベビーが誕生ですよ! 喜んでください、奥様方!」
「ええ、きっとあなた方のお子様も、この子の良いお友だちになってくださるでしょうし……!」
金髪の『美青年』に心からの笑みで言われ、奥様ふたりは何ともどうにもばつが悪い。と、はかったようなタイミングで奥様方のお子様ふたりが手をふりながら駆けてきた。
「おかん!」
「おかーん! 今ねぇ、公園で遊んだ帰りなのー! お? 何これ、誰これ! かっわいー! 可愛い子じゃーん!!」
そう言って駆け寄る自分たちの子どもが、ベビーカーの赤ん坊と比べると見た目に何とも見劣りして……ますます小さくなる奥様がたの目の前で、赤ちゃんがはしゃいで笑い出した。
ころころと、真っ白い綿みたいな笑みで、それを見た奥様ふたりのくもっていた気持ちが、ほんのわずかに晴れてくる。
「……ぼくらの赤ちゃんだよ。君たち、この子がもう少し大きくなったら、この子の友だちになってくれる?」
「おうよ! あたぼうよ!」
「まかせときー!!」
男の子ふたりは頼もしげに片方の手でガッツポーズをしてみせて、奥様ふたりもなんだか毒気の抜けた表情で、赤ちゃんを見て微笑んだ。
……いったい、何を見てそんなにけなしていたんだろう。分かっている、ただの偏見やひがみだった。それが何だか、この赤ちゃんの天使の笑顔で、日に当たった雪だるまみたいに、水になって溶けてしまった。
男の子ふたりがぴょんぴょんはしゃいで、赤ちゃんはころころ声を立てて笑い、美青年と奥様がたも、何もかもほどけて互いに微笑い合う。
秋の初めの涼やかな風が吹き抜けて、空は青く、ひたすら青く、突き抜けるほど高かった。
(了)




