キスさえ出来ない
鏡型のスクリーンごしに、恋人たちは逢瀬を重ねる。
片側には少し肌の青ざめた、病弱そうな細身の少女。スクリーンごしに見つめ合うのは、いかにも健康そうな、血色の良いたくましい青年。
少女はさらさらの金髪の頭に、銀のティアラをいただいている。燃え立つような赤毛の青年の頭にも、金色の王冠がかかっている。
ふたりはへだて合う画面越しに、小さな手と骨ばった大きな手とを重ね合う。ただ互いの手によそよそしいスクリーンの感触がして、互いの温度も分からない。
「……皮肉だな。そなたは王女で、我は王子。『身分違いの恋』でもないに、一生逢うことも叶わぬとは……」
「そんなことをおっしゃらないで! ……わたくし、あなたとこうしてお話が出来るだけで、それだけで……」
言いつのりつつ、王女の青い目は潤みにうるみ、水晶の涙がにじんでいる。王子は火のように赤い目をまばたいて、あえてからっと笑ってみせる。
「――はは、違いない! 王女様、それではせめてものおわびに、この王子がそなたに熱い口づけを……」
言いながら王子は口をすぼませ、スクリーンに口づける。くちびるが画面に圧しつけられ、おどけたフグのようなおかしな顔になったので、王女は思わず吹き出した。
……吹き出した後で、泣き出した。
「――ああ、なぜ……どうしてわたくしたち、このように生まれついてしまったのでしょう……? 異世界どうしに生まれた訳でもない、国を越えれば出逢える距離で、どうして、キスすら叶わない……!!」
やるせなくまばたいた赤目の王子が、熱をさえぎるスクリーンごしに王女の涙に手を伸ばす。骨ばった指は画面にはばまれ、意味もなく鏡をすべってゆく。
「しかたない、互いにこんなに生まれついてしまったからは、神を恨むしか方法がない……いや、恨むまい。せめては来世を望むとしよう……互いのはだかの肌を、体温を感じられる、人間同士に生まれんことを……」
そう言った王子はあまりの感情の昂ぶりに、ぼっと肌から火を噴いた。泣き濡れる王女の肌からも、白い冷気と氷の粒がオーラめかして立ちのぼる。
互いにたがいを抱きしめ合えば、ふたりとも身が灼けたり凍りついたり、そうして瞬時に命を落としてしまうだろう。
――炎の王子と、雪の王女は、互いに火と氷の涙をこぼし、スクリーンごしに手と手を重ねて子どものように泣きじゃくる。
技術の進化で、互いの『逢瀬』を可能にし、それでも互いの体温の問題は解消してくれないスクリーンは、無情にもあまりにも鮮明に、ふたりの姿を映していた。
(了)




