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その目で見つめて

 盲目の少女は、明日には見えるようになる。


 医学の進歩は素晴らしい。生まれつき目が見えなかった少女は、十歳の時に両親の探しあてた名医と出逢い、六年半の治療と、半年前の手術のおかげで、明日には見えるようになる。


 今、病院の白いベッドで、白いほうたいを閉じた目にぐるぐると巻きながら……明日には十七になる少女は、担当の名医に熱っぽく甘い声で語る。


「わたしの目が見えるようになったら……先生、わたしとお付き合いしてくれますか?」


 医師は答えない。ただ静かに、優しい手つきで彼女のほうたいへ手を触れて、ささやくようにこう言った。


「明日になれば、分かりますよ」


 さわやかながら甘やかな、紳士を絵に描いたような声で言われ、少女はうっとりとうなずいた。


 ほうたいを外す時が来た。少女は名医に、そっと何かを渡された。手ざわりからして、大きめの手鏡のようだった。


 ――名医の手で、静かに、ゆっくり、白いほうたいが外されてゆく。するすると落ちてゆく布の手ざわり、明らかになってゆく視界。手鏡の中に映るのは、十七歳の少女だった。


 長いまつ毛。きらきら潤んだ栗色の瞳。もぎたての果実を思わす桜色のくちびると、柔らかい陶器のように白いほお。


「……それが、『美しい』というものです」


 初めて己の姿を見る少女に、優しい声が明かしてくれた。そのさわやかで甘やかな声に、少女ははじかれたように顔を上げた。


 目線の先に、男がいた。ずんぐりとした白衣姿、ぼさついた髪に見事なまでのだんごっ鼻、小さな目は連日の激務に落ちくぼんでいる。そうして、その青白い顔には、大きなおおきなあざがあった。


 赤くでこぼこと、顔の右半分を覆うあざ。少女の顔とは、正反対の顔だった。すらりとしらのような少女の姿とは、まったく別種の体だった。


 その男性は、気弱にってこう告げた。


「――これが、『みにくい』というものです」

 その声はさわやかで甘やかで、まぎれもなく愛しい名医の声だった。


「僕は生まれつき、こんなあざを持って生まれた。生まれつきこんな顔だった。だから……あなたは僕ではない、もっとふさわしい相手と出逢って、恋をして……僕のことなど、忘れてください……」

「――先生」


 少女はきっぱり口にして、医師のほおへ手を触れた。医師の顔に血が昇り、ただでさえ赤いあざがますます赤みを増していく。


「先生、目を……わたしの目を見てください。その目でちゃんと、見つめてください」


 何がなんだか分からずにどぎまぎする医師の手を、少女は空いた片手で握る。


「先生、経過を見ていてください。わたしの術後の目を見ていて……」

「あ、ああ……そうですね、術後の経過は重要ですから……三か月ぐらいか……長くても半年は……」


 少女はぎゅっと握る手に力を込めて、強い意志で首をふる。


「――三か月とか、半年じゃない。一生……一生そばで、先生かわたしか、どっちかが死ぬまで、ずっと経過を見ていてください」


 そう語る少女のひたむきな目に、自分の姿が映っている。だんごっ鼻で、あざがあって、ずんぐりむっくりした姿で……その生き物が、顔をくしゃくしゃにして泣き出す景色が、少女の瞳ごしに見えた。


 青年医師は声もなく、少女の肩に手を伸ばす。すがるように抱きしめて、声を殺して涙する。


 ――花って、こういうものかしら。


 至近距離のあざを見て、少女は内心でつぶやいた。開いた瞳に、目の前のあざは何とも鮮やかな色で、目の覚めるほど美しかった。


 ……生まれて初めて見る陽ざしが、窓から落ちて、新緑の木々の葉の影ごしに、きらきらとふたりを照らしていた。


(了)

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