無為な祈り
祈る言葉が、耳に届く。
良い祈りもある、悪い祈りもある。
『愛犬と家族と、ずっと一緒に暮らせますよう』
『憎いあいつを殺してください』……いつものことだ。いつだってそうだ。人間は祈る。がむしゃらに祈る。聞かなければ良い。聞かなかったふりをすれば……、
その時こちらの耳の奥に、小さな幼い声が響いた。
『どうかもうじき戦争が終わって、敵国にいるお友だちと、また一緒に遊べますよう……』
潤んでにじんだ声だった。心底からの祈りだった。――叶えてやりたい。そう思わせる声だった。
少女の姿の『神』は思わずひしと手を組んで、しゃにむに深く祈り始めた。
――どうか。どうか私の創った世の中が、もっと美しく優しくなって、みんな幸せに暮らせますよう……。
そう祈りかけ、神ははたと気がついた。
何を馬鹿なことを。宇宙の混沌で生まれた親なしの神、出来損ないの、不万能のこの神に……祈る資格などないではないか。
――祈る相手など、どこにもいないではないか。
全てを出来ると思われていて、その実はたいしたことも出来ない神は、独りぼっちでため息をつく。
それから小さな水晶宮に、短い仮眠をとりにいった。静かに光る水晶の住まいの中、絹のベッドの絹のシーツにくるまって、耳の奥にまだお祈りが響いている。
良い祈りも。悪い祈りも。
無数にあふれるその声を……何ひとつ叶えられない神は、聴こえないふりで目を閉じた。
(了)