雪のおはなし
島に終末が近づいていた。大国の管轄下に置かれた小さな諸島は、核実験の標的になろうとしていた。
誰もそのことを知らなかった。チョコレート色の美しい肌をした人々は、照りつける太陽に肌をさらし、畑をたがやし、海に網を打ち魚を捕り、あたりまえに日々を暮らしていた。
その昔、戦争に巻き込まれ、大国の植民地となりながら、なぜかたいした干渉も受けずに自由に暮らしていけている……。その事実を、『神様のお恵み』だと信じていた。
大国が何十年も前から、ひそかに核実験の場として諸島を狙っていることを、島の誰ひとり知らなかった。
島のひとつに、幼い少年が住んでいた。少年は島の暮らしに満足していたが、ただひとつだけ望みがあった。――雪を見ること。この暑い島には遠い昔から、雪の降った記録はないが、少年は固く信じていた。
ぼくはきっと、雪を見られる。
一生のうち一回だけ、雪を見られる予感がするんだ。
「おかん! ……ぼくね、明日こそ雪を見られる気がする。本当なんだ、予感がするんだ」
そう言って寝床にもぐり込む夢見がちな少年に、母は微笑って「おやすみ」を言った。
早朝に、核が落とされた。
島は死んだ。チョコレート色の肌が爆ぜ、赤剥けの煮えたザクロのようになった人々が、崩れた家の内外にごみのように散らばった。
少年はまだ、生きていた。もうろうとした意識の中、腫れた目の前に灰色のかすが舞い降りた。核の灰だった。灰は無数に散らばり、ちらばり、薄汚く舞い降りては、島のすみずみを穢していった。
「――雪だ」
少年はかすむ目を潤ませ、やっとの思いで微笑んだ。
「ゆきだ……やっぱり、願いはかなったんだ……神様は、いらっしゃるんだ、ほんとうに……」
少年はそこで、眠るように息絶えた。かすかなかすかな笑みを、赤剥けの口もとにたたえたまま。
「……まあ、なんてひどいニュースなの! 本当に『神は死んだ』のかしら、こんな惨劇が起きるなんて……」
今朝の新聞の『核実験』のニュースを見て、よその国の女性が叫んだ。
嘆くママを見つめながら、幼い息子はもさもさとオートミールを食べている。ふっと窓の外を見て、スプーンを投げ出して毒づいた。
「ちぇっ、また降ってきやがった! 一年の半分は銀世界、もう雪なんてうんざりだよ!」
窓の外、冷たい白い雪が降る。
奇跡のように幸せな少年は、暖かい家の中でなおも毒を吐いていた。
(了)