虹の花の星
その神は、万能ではなかった。
神は、宇宙の無限の混沌から生まれ落ちた『親なしの神』だった。神は己の内側から湧き上がる衝動に突き動かされ、太陽を創り、星々を創り、『初めての生命』をこしらえた。
初めて創った生命たちは、明らかな失敗作だった。知能も足りず、その見た目はまるきり泥人形だった。だが心根はみな優しく、神はその生命を哀れと想い、消滅させずに小さな星で生かしておいた。
神は、今度は別の生命体をこしらえた。それは満足のいく仕上がりだったので、神はそれを『ニンゲン』と名づけ、地球と名づけた星をはじめ、さまざまな住みよい星にぱらぱらと住まわせ、おのおの繫栄するにまかせた。
いっぽう、銀河のすみっこの小さな星には、ひっそりと『泥人形』たちが生きていた。
泥のような生き物たちは、ひっきりなしにぽたぽたと灰色の体液を落とし、その液は星の土壌にしみて養分となり、生き物たちはむきだしの足の裏から、土の養分を取り込んで生きていた。エネルギーはそうしてうまく循環していた。
そうして、その養分たっぷりの土からは珍しい種が芽吹き、それは素晴らしい花が咲いた。まるきり『虹が咲いた』ような、美しい七色の花びらを持つ植物は、うっとりするほど美しかった。
神は、『泥人形』たちにささやかな仕事を与えた。星の真ん中に井戸を創って、『花をていねいに摘んでは、優しく井戸へ投げ込むように』とお告げをしたのだ。
『井戸の底には「空間転移装置」があって、花はさまざまな他の星に送られる。そうして「神の贈り物」として、他の知的生命体の目と心を悦ばすのだ』
生き物たちは、頭の中に響く声の言っていることの、半分も理解できなかった。けれど、『一瞬で出来上がった不思議な井戸へ、虹の花を投げ込めば、どこかの誰かが悦ぶんだ』ということだけは、ちゃんと分かった。
分かったから、彼らは懸命に花を摘んで、優しく井戸へ投げ入れた。入れても入れても、植物は後からあとから芽生え、つぼみをつけて、それは美しい花をあふれんばかりに咲かせた。摘み残された花は実をつけ、種をつけ、種は地に落ちてまた芽吹いてをくり返した。
彼らは、幸せだった。
井戸に花を投げ入れれば、どこかの誰かが悦んでくれる……そのことだけで幸せだった。
何もかもがうまくいくと思われた。花を贈られたニンゲンたちは悦び、『美しいもの』に焦がれ、努力し、よりいっそうの高みを目指すと、神はそう思い込んでいた。
ニンゲンたちは、悦ばなかった。どこかから突如として現れる虹の花に驚き、いぶかしみ、やがて『自分たちの星のほかに素晴らしい星があり、この花はそこから送られてくる』との結論に達した。
ニンゲンたちは考え始めた。――これは侵略の良い機会だ。どうにかしてこの花の生まれ故郷を見つけ出し、その素晴らしい星を乗っ取って、自分たちの植民地、いや『植民星』にするのだ!
ニンゲンたちはみずからの欲をむき出しにし始めた。自分たちの星の内部の戦争では飽きたらず、銀河へ『侵略の旅』に乗り出した。
ロケットが宇宙を行きかい、彼らはお互いにおたがいの星を見つけ、争い、奪い合い、やがては共倒れになって、お互いの星は毒で汚染され、もはや誰ひとり住めなくなった。
『ニンゲン』と呼ばれる知的生命体たちは、もう宇宙のどこにもいない。死滅してしまったのだ、『虹の花』がきっかけで。
神は死んだ。溶けてしまった。己のあやまちに気づき、心から嘆いた瞬間に――熱にさらされた雪みたいに、あとかたもなく消えてしまった。
広い宇宙に遺されたのは、たまたまどの星の生命にも発見されなかった小さな星の、『泥人形』たちだけだった。
彼らは灰色の体液をぽたぽた落とし、今日も井戸へと花を投げ込む。毒に汚染され、もはや誰ひとり住んではいない星々へ、美しいものを贈るため。
『悦んでくれるといいね』
『くれるといいねえ』
彼らは歌うようにつぶやきながら、今日も虹の花を摘む。摘んでは井戸へと投げ入れる。彼らが『宇宙の孤児』となったことを、彼らは知らない。知ることはないだろう――永遠に。
彼らは祈るような手ぶりで、井戸へと花を投げ入れる。虹の花々はくるくるまわり、底の底へと踊るみたいに落ちていった。
(了)