表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/28

虹の花の星

 その神は、万能ではなかった。


 神は、宇宙の無限の混沌から生まれ落ちた『親なしの神』だった。神は己の内側から湧き上がる衝動に突き動かされ、太陽を創り、星々を創り、『初めての生命』をこしらえた。


 初めて創った生命たちは、明らかな失敗作だった。知能も足りず、その見た目はまるきり泥人形だった。だが心根はみな優しく、神はその生命を哀れと想い、消滅させずに小さな星で生かしておいた。


 神は、今度は別の生命体をこしらえた。それは満足のいく仕上がりだったので、神はそれを『ニンゲン』と名づけ、地球と名づけた星をはじめ、さまざまな住みよい星にぱらぱらと住まわせ、おのおの繫栄するにまかせた。


 いっぽう、銀河のすみっこの小さな星には、ひっそりと『泥人形』たちが生きていた。


 泥のような生き物たちは、ひっきりなしにぽたぽたと灰色の体液を落とし、その液は星の土壌にしみて養分となり、生き物たちはむきだしの足の裏から、土の養分を取り込んで生きていた。エネルギーはそうしてうまく循環していた。


 そうして、その養分たっぷりの土からは珍しい種が芽吹き、それは素晴らしい花が咲いた。まるきり『虹が咲いた』ような、美しい七色の花びらを持つ植物は、うっとりするほど美しかった。


 神は、『泥人形』たちにささやかな仕事を与えた。星の真ん中に井戸を創って、『花をていねいに摘んでは、優しく井戸へ投げ込むように』とお告げをしたのだ。


『井戸の底には「空間転移装置」があって、花はさまざまな他の星に送られる。そうして「神の贈り物」として、他の知的生命体の目と心をよろこばすのだ』


 生き物たちは、頭の中に響く声の言っていることの、半分も理解できなかった。けれど、『一瞬で出来上がった不思議な井戸へ、虹の花を投げ込めば、どこかの誰かが悦ぶんだ』ということだけは、ちゃんと分かった。


 分かったから、彼らは懸命に花を摘んで、優しく井戸へ投げ入れた。入れても入れても、植物は後からあとから芽生え、つぼみをつけて、それは美しい花をあふれんばかりに咲かせた。摘み残された花は実をつけ、種をつけ、種は地に落ちてまた芽吹いてをくり返した。


 彼らは、幸せだった。

 井戸に花を投げ入れれば、どこかの誰かが悦んでくれる……そのことだけで幸せだった。


 何もかもがうまくいくと思われた。花を贈られたニンゲンたちは悦び、『美しいもの』に焦がれ、努力し、よりいっそうの高みを目指すと、神はそう思い込んでいた。


 ニンゲンたちは、悦ばなかった。どこかから突如として現れる虹の花に驚き、いぶかしみ、やがて『自分たちの星のほかに素晴らしい星があり、この花はそこから送られてくる』との結論に達した。


 ニンゲンたちは考え始めた。――これは侵略の良い機会だ。どうにかしてこの花の生まれ故郷を見つけ出し、その素晴らしい星を乗っ取って、自分たちの植民地、いや『植民星』にするのだ!


 ニンゲンたちはみずからの欲をむき出しにし始めた。自分たちの星の内部の戦争では飽きたらず、銀河へ『侵略の旅』に乗り出した。


 ロケットが宇宙を行きかい、彼らはお互いにおたがいの星を見つけ、争い、奪い合い、やがては共倒れになって、お互いの星は毒で汚染され、もはや誰ひとり住めなくなった。


『ニンゲン』と呼ばれる知的生命体たちは、もう宇宙のどこにもいない。死滅してしまったのだ、『虹の花』がきっかけで。


 神は死んだ。溶けてしまった。己のあやまちに気づき、心から嘆いた瞬間に――熱にさらされた雪みたいに、あとかたもなく消えてしまった。


 広い宇宙に遺されたのは、たまたまどの星の生命にも発見されなかった小さな星の、『泥人形』たちだけだった。


 彼らは灰色の体液をぽたぽた落とし、今日も井戸へと花を投げ込む。毒に汚染され、もはや誰ひとり住んではいない星々へ、美しいものを贈るため。


『悦んでくれるといいね』

『くれるといいねえ』


 彼らは歌うようにつぶやきながら、今日も虹の花を摘む。摘んでは井戸へと投げ入れる。彼らが『宇宙の孤児』となったことを、彼らは知らない。知ることはないだろう――永遠に。


 彼らは祈るような手ぶりで、井戸へと花を投げ入れる。虹の花々はくるくるまわり、底の底へと踊るみたいに落ちていった。


(了)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ