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あくまでも百合のように~見目麗しい異星人、そのはかなさと美しさで地球をじんわり侵略する~

(予想と違う!!)

 その場にいた地球人は、皆がみんな心の中でそう叫んだ。


 半年前から、地球のはるか上空に待機していた宇宙船……銀色の平べったい巨大円盤に対して、人間たちはあらゆる兵器、世界じゅうの兵士たちを総動員し、その『侵略』に戦々恐々、備えていた。


 半年経って、ようやく宇宙船が大国の地に降りてきた時、兵士という兵士が凶悪な武器を手に、獲物を狙うアリのように宇宙船を取り囲み、『異星人』の来襲を今か今かと待ち受けていた。


『異星人』といえば、馬鹿でかいむらさきのタコみたいな怪物か、巨大なクモか、見るからにクリーチャーなエイリアンか……何でも良いさ、心の準備は出来ている! 出てこい怪物!! 原形も留めないほどに、ジャムに入ったイチゴみたいに潰してやる!!


 ――そして、出てきた生き物はあらゆる予想を裏切った。見たところは『肌の薄青い人間』のよう……それも絶世の美人ぞろい、男も女も信じられぬほど美しい。耳は細く突きとがって、瞳は虹色で不自然なほどに大きいが、タコでもクモでもエイリアンでもない、とびきり綺麗な生き物たちだ。


 その外見は、むしろ花を……『少し青ざめたてっぽう』を思わせる。言葉を失い、手にした武器の持っていきようのない兵士たちに、異星人たちはテレパシーで語りかけた。


『はじめまして、地球の方たち……わたしたちは遠く太陽系の外、他の銀河系の星からやってきた「流刑の者」です……わたしたちは権力闘争に巻き込まれ、殺された貴族の家系の者……流刑と称して、この星に流された者たちなのです……』


 美しい生き物たちは虹色の目を潤ませて、テレパシーで語り続ける。


『ですからわたしたちには、この星を侵略しようとする意図などありません……ただわたしたち「流刑の者」を、受け入れてほしいだけなのです……奴隷として使ってくださってもかまわない、何を言う権利もわたしたちにはありません……どうかこの星のかたすみで、生き延びさせてはくださいませんか……?』


 かくして兵器の使い道はなくなって、思ってもみない大問題が持ち上がった。


「諸君、この哀れな生き物たちをどう扱うべきだろう?」

「難民として扱うのか、それとも文字通り奴隷にするか……?」

「いやいや、とんでもないことだ! こんな美しいはかなげな生き物を、犬猫以下としてこきつかうとは!」

「それならいっそ『異星からの客人』としてもてなすか? 受け入れ国はどこにするんだ?」


 などとわあわあ各国のブレーンたちが話し合い、けっきょく最初に宇宙船の降り立った大国が、受け入れ国の役目を担った。初めは『異星人用』に建築した建物に軟禁状態だったが、彼らはあまりにもおとなしく、百合の花のように優美で静かだったので、ほだされた人間たちはどんどん制約を緩めていった。


 異星人たちはじわじわと活動範囲を広げ、やがて人間たちにまぎれてスーパーに食料の買い出しに行くまでに、人々の日常になじんでいった。


 そして、一年と半年後……。

 大国の大統領の息子が、久しぶりに父の屋敷を訪ねてきた。


「どうした、ダグラス? ふだんはめったにこの父に会いに来ないのに、どういう風の吹きまわしだ?」

「父さん、今日はひとつ提案があるんです……異星人のことなんですけど」

「異星人? あの綺麗な生き物たちについて、どうした?」


 年若い息子はひとつ小さく息を吸って、極上の笑顔を浮かべて言った。


「あの異星人たちに、そろそろ『地球人』としての市民権を与えては……特に人間と結婚する権利、それを与えてはどうかという……!」

「――はあ!? いやいやお前、冗談も休みやすみ言え!!」

「おや、どうしてです? 彼らはとても穏やかで優美だ、最初に彼らが言ったとおり、侵略なんて思いもよらない! 体の構造も人間と似通っているし、何も懸念はありませんよ!」

「大アリだ!! だいたいお前、結婚なんぞ認めて子どもでも産まれたら、遺伝子上どんな問題が発生するかも未知数なのに……!!」

「いや、それはどのみち知れることです……そうだ父さん、忘れていた。ぼくは他に報告があって来たんです」

「ほ、報告? 何だいったい……!!」

「ぼく、つい昨日パパになったんです。肌の薄青い、瞳が大きくて虹色の……可愛い息子の父親にね!」


 大国の大統領は、黙って大きく息を呑み……絵に描いたように気絶してあお向けに倒れ込んだ。


* * *


 それから五年。

 ダグラスは寝室のベッドの上で、薄青い肌の愛妻の肩に手を回す。五歳の息子は何ひとつ不都合もなくここまで育ち、すうすうと可愛い寝息を立てている。


「……ねえ、あなた。本当を言って良い?」

「うん? うん、何だい?」

「わたしたち異星人はね、本当はやっぱり侵略者なの。じわじわ血のえんを広げていって、いろんな星に帰化していくのが目的なのよ」


 そう明かされて、ダグラスは驚きもしなかった。

 武器もいらない、脅しもすかしも必要ない。愛をもってじわじわと星に食い入っていく……何て平和的な侵略だ!


 そうして、いったい誰が損をした? ただ愛しい相手がそばにいるだけ、新しい家族が増えるだけ。まさにウィンウィンの関係じゃないか!


『それでね、わたし、次の「侵略メンバー」に立候補したの……また宇宙船に乗って、銀河から銀河を漂って、次の住みよい星を探すのよ……』


 妻はいったん言葉を切って、甘える口ぶりのテレパシーでこう伝える。


『でね、あなた……可愛いこの子とわたしと一緒に……「宇宙の旅」に、出てくれる……?』


 ダグラスは黙って深くうなずいて、妻の肩を抱く手にそっと力を込めた。異星人の妻に熱烈に口づけながら、こんなことを考えていた。


 ――たしか、こういう雑草がある。雑草と言っても百合の一種で……タカサゴ、そう、タカサゴユリとかいう花だ。見た目はてっぽう百合そっくりで、優美で愛らしい花を咲かせる。


 その百合の種は風に乗り、いつしか花壇のすみに、植えた覚えもないのに白く美しい花を咲かせる。あんまり綺麗な花だから、心優しい人間であれば、むやみに引っこ抜いたりしない。


 そうして百合はその愛らしさ、美しさを武器にして、素晴らしく高い繁殖力で、今や世界じゅうどこの道ばたにも生えている。そういう生き物だ、この美しい異星人たちは……。


 武器も持たず、何の脅しもすかしもせずに、こうして星に帰化していく。あくまでも百合のように。


 ダグラスはキスを中断して息をつき、ふっとベッドを見下ろした。幼い息子は何も気づかず、すうすうと寝息を立てている。可愛い。世界じゅうどこを探しても、こんなに愛しいふたりは見つかりゃしないだろう……!


 ダグラスは芯から微笑んで、愛しい妻を抱き上げた。自分たちの寝室へと、抱き上げた妻を運びながら……百合の香りを、かいだ気がした。


(了)

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