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写経

※ものを書かれる夢半ばの方(この掌編の作者含む)にとってはセンシティブ。心してお読みください。

 目の前には大学ノート、そしてHBの鉛筆。さあ、『写経』の時間だ。


 三十五歳のフリーターは勢い込んで机に向かい、四畳半のワンルームでいつもの『写経』にとりかかった。


 敬愛する大作家の名作の、特にお気に入りのシーンを一言一句(たが)えずにノートに鉛筆で書き写す。嘘か本当か、こうすると文章力が上がるというのは、昔からよく言われることだ。


 昔から親に似て本好きで、十五の歳に小説家をこころざし、今年でもう二十年。いまだにろくな賞をもらえない。いただいたのは『ちょっとしたコンテスト』の中の、しかも『努力賞』みたいな切れっぱしの賞をふたつきり。本好きの親も「育て方を間違えた」とほとんど連絡をしてこなくなり、実家から差し入れられる米の量も見るからに減少、バイト先では「使えないやつ」呼ばわりだ。


 ――まあ業務中にネタのことばかり考えて、よくぼーっとしてミスを連発しているから、なまじっか的外れな悪口でもないのだけれど。


 今年こそ。今年こそと思いつつ、鉛筆で汚されたノートの冊数ばかりが増える。手当たり次第に書いては応募を重ねるが、去年の初めに『の賞』をお情けみたいにもらったきり、コンテストの端っこにも名前を載せてもらえない。


 今年できっぱりあきらめよう、今年結果を出せなかったら――そう念じながら血を吐くように『写経』を重ね、バイト先でぼーっとしすぎて上司どころかバイト仲間にも罵倒されながら不眠不休で書き上げた『一世一代の大作』は――没だった。とうとう何の連絡もなく、コンテスト結果のページには大作のタイトルも、自分の筆名も載らなかった。


 男は泣いた。号泣した。泣いて泣いて泣いてないて、涙も枯れたその時に、立ち上がって原稿用紙を買いに行った。バイト先から『来ねえやつはクビ』とLINEが来ていたが、そのことにすら気づかなかった。


 男は原稿用紙に向かい、そのそばに『敬愛する大作家』の『不朽の名作』上中下巻の文庫を置いた。憑かれたように『写経』を始めた。食べず飲まず、眠らずに、目を血走らせ写経を始めた。


* * *


「――大丈夫ですか、あの持ち込みの男? なんか目がイッてますし、一応警察には連絡入れときましたよ、このごろ素人トーシロの逆恨みの事件も多いですしねえ」

「いやあ、しかし『段ボール箱にいっぱいの手書き原稿用紙』とは、今どき見上げた根性じゃないか!」

「いやいや、とんでもない! ――中身、ご覧になりました? この国じゃ子どもでも名前を知ってる大作家の、不朽の名作のまるまる書き写しですよ。一言一句も違えずに……どういうつもりですかねえ! あれじゃまるっきり、紙と鉛筆の無駄づかいだ!!」


(了)

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