時間を10秒だけ戻せる能力
物心ついたときから僕はいわゆる超能力者だった。
『時間を10秒間巻き戻す』
どうやらそれができるのは世界中で僕ひとりだけのようだ。
幼い頃は、他の人が何故時間を戻さないのか分からなかった。両親と野球観戦をしながら「なんでやり直さないの?」と聞いたとき、親は笑いながら「1回だけ、それがルールだからね」と言ったもので、それが心底理解できなかった。
自分の能力をきちんと把握したのは小学生の頃。他の人はどうやら時間をやり直せないらしく、対戦型のスポーツでは負けなしだった。遅れをとったのはかけっこくらいのものだ。
今思えば、プロ野球選手を目指すのがこの能力の一番有効的な使い方だったのだろう。打っても守っても投げてもミスなし、記録を作り放題の文字通りチート選手になれたはずだ。実際、高校生になった僕は野球部に入部した。そしてごく普通に県大会で敗退した。
いくら投げても肉体は疲れない。だが投げて、打たれる度に精神は擦り減っていく。ボロが出たのは7回の表。ホームランを眺めて、時間を巻き戻したら既にボールは手から離れていた。後は何回やり直そうと結果は変わらない。それを皮切りに1点、また1点と得点を許していく。あちらは僕のホームラン以外で失点することなく、こちらは投げた球の8割が打たれるような戦況。ボールも含めて1000本以上の球を投げ続けた心が折れるのは時間の問題だった。
それから、僕が時間をやり直すことはほとんどなくなった。案外やり直さなくても人生はなんとかなるもので、真面目に勉強して地元の大学に進学し、地元の企業に就職した。
10秒巻き戻して取り返せるようなミスは、別に巻き返さなくてもそんなに怒られない。バイト先ではグラスをたくさん割ったし、会社でも誤発注をたくさんした。それでも意外となんとかなるし、なんとかならない問題は10秒巻き戻したところでどうにもならないものだ。野球なんてまさにそう。失敗って、きっとその場の間違いが100%じゃなくて日頃の選択の結果の答え合わせに過ぎないんだろう。
段々面倒になり、ミスをやり直すのもやめた。年を取ってくると時間を戻すのにも意外と集中力が要る。ただ、プロポーズで噛んだときにはやり直させてもらった。返事は変わらないだろうけど、ね。
子供もあっと言う間に大きくなった。相変わらず超能力は役に立たないもので、家も車も進学も将来のことをちゃんと考えてプランを構築しないといけないのが大変だった。
やがて子供も巣立ち、ゆったりとした日々を送るようになった。そんなある日、夢を見た。何もない白い空間。その中央に居座る神様。
「貴方は前世で大変な徳を積んだので、今世は快適に過ごせるようにちょっとした祝福を付加させて頂きました」
なるほど、それが時間を巻き戻す超能力と。
「それでですね、もう一つ祝福が。前世の記憶を残したまま転生させてあげます。50年で培った知識を活かして強くてニューゲームってやつですよ」
少し考え込む…フリをする。
「別にいいかな、もう1回とかめんどくさいし」
神様は特に怒ることもなく、ただ不思議そうに言った。
「あら、最近のトレンドだと聞いていたのですが。もったいない」