24.蒼月の自動人形
人気のない道路には夜道に黒猫くらいしか歩いていなかった。
スーツ姿でタブレットを持った女性は、猫には興味がなかった。本来あるはずの廃ビルが綺麗さっぱり無くなっていたことに意識を向ける。
争いが起きるように仕組んだ廃ビルのあった敷地内は、土がむき出しの空き地になっている。コンクリートの残骸1つですら見つからない。
戦闘の痕跡をデータにして上司に報告するように仕事を受けていた彼女は、何を報告するべきかと頭を悩ませる。
途方に暮れていると、彼女の後ろに車が止まる。
出てきた人物に向かって丁寧にお辞儀をする。
「あぁ...こういう感じになるのね」
いつもと変わらないシャツドレスを着たアンルシアは、空き地を見てため息交じりに呟いた。
「ソフィア、これじゃダメね」
ソフィアと呼ばれたスーツの女性はとっさに謝罪を口にする。
「何を謝っているの? あなたは何もしてないでしょ。これじゃデータはまともに取れないわねって意味」
戦闘の痕跡を一切消されていることはアンルシアにとって想定外だった。
収穫はあの程度の兵士を差し向けてもあまり意味がない、ということくらい。誰がユノの救出に来たのか。誰が出てきたとしても、下級兵士レベルでは死体1つ残してもらえない。
戦闘データが取れなかったことを赤字とみるべきか。今後差し向ける戦力が分かって良かったとみるべきか。
アンルシアの思考はソフィアの声で遮られる。
「質問があるのですが、よろしいでしょうか」
まっすぐ見つめてくるソフィアにアンルシアは頷く。今回死んだ3人だったら、質問は許さなかっただろう。
「あの3人にはなぜ自身が自動人形であることを伝えていなかったのですか」
出生を隠すことにどれだけの意味があるのか。ソフィアは自分が自動人形であることを理解し、アンルシアの部下であることをよく自覚している。
知っていても知らなくても、何も変わらないと考えていた。
「4世代モデルだったわね、あなた」
“蒼月”が自動人形を本格的に作り始めてから100年以上経っている。
多くの人形が生まれ、処分され、改良された。仕様の異なる人形を作って、“蒼月”が求めるものに近いものを産み出す努力をしている。
求めるものの中にはコストパフォーマンスも含まれている。人形1体にかける予算に見合うものを要求される。
感情があると生存本能が芽生えるが、戦闘能力が落ちてしまう。感情を無くせば生存本能が機能せず、無謀な行動を起こして破壊される。
このバランスを確認するために、仕様の異なるモデルが生産された。
「最初に作った自動人形が完璧に近かったのではないかと言われているわ」
100年以上前に作り出した自動人形“プロトタイプ”は、当時の技術力を全て注ぎ込んで生まれた最高傑作と言われている。人間同様に血を流す事ができ、最高火力を叩き込むことができるとされた。
ソフィアは曖昧な言い方だったことが気になった。
「と言われている?」
「データがほとんど無いのよ」
現在把握できている事実は“プロトタイプ”の情報は2つ。
研究所の中でのみ活動が許されていたこと。
もう1つは、“プロトタイプ”が研究所の職員全員を殺害し、自身のデータを削除しようと試みたこと。
外に出れないため、“蒼月”にとって不要な思想に触れる機会はない。従順な人形となることが期待されていたに違いない。
以降の自動人形には、“蒼月”の命令に逆らってはいけないという意識を人間でいう無意識にあたる部分に埋め込まれている。
この“プロトタイプ”には何を埋め込んでいたのだろうか。
「“プロトタイプ”は処分されたんですよね?」
自分よりも強い相手が生み出されていると分かり、ソフィアはあまりいい気分はしなかった。敵対する存在は少ない方がいい。
「そこはわかっていないわ。逃げ出して行方不明説もあれば、劣化による機能停止説もある。まだどこかにいるなら、会ってみたいわね」
“蒼月”という組織は敵だろうと強者は大歓迎。どこかで生き延びているなら、仲間になってほしい。
仲間にならないのなら、複数人で殺しに行きパーソナルデータだけでも手に入れたい。胴体と頭部が無事であればおおむねのデータを手に入れることができる。
今の“蒼月”のボスは、自動人形の制作に力を入れている。理由は不明だが、“プロトタイプ”のデータを復元できないかと試みているという噂が出回っている。
「新世代モデルが出たら、私はお役御免ですね」
「大丈夫よ、問題を起こしたりサボったりしなければね」
問題を起こしたりサボったりはソフィアはしない。自動人形が何もしなくても“蒼月”の人間は「弱い」と知れば、不要だと処分してくると考えている。魔力がなければ、強くなければ、組織では意味がない。価値がないのだ。
それはアンルシアも等しく平等である。
強すぎる自動人形が生まれたら、“蒼月”は人外に主導権を握らせるつもりなのだろうか。